☆ 決めるべき時がきた ☆

井出薫

 衆院憲法審査会で、自民党が推薦した者を含めて憲法学者3名が安保法制を違憲と語った。予想されたとおりの結果で、国会が正常に機能していることが示され、ある意味、ほっとした。欠陥も多いが、日本は独裁国ではなく民主制が機能している。自民党も(想定外だったかもしれないが)自分たちに都合が悪いことを語る学者を参考人として招請したことは評価してよい。寧ろ、憲法学者の見解という権威にすがって、鬼の首を取ったかのように責める野党やリベラルを気取る報道の方がレベルが低い。安部政権が閣議決定で憲法解釈を変更したとき、野党やリベラルは徹底的に批判し抵抗するべきだった。野党は、今国会冒頭で憲法違反の疑いがある法案を提出しようとしていることを理由に、安倍政権に不信任案を突き付けることもできた。報道も、閣議決定のどこに問題があるのかを具体的に説明し批判を展開することができた。だがどちらも遣っていない。ただ権威ある者からの批判を待ち、その尻馬に乗ろうとしている。

 そもそも、憲法学者に指摘されるまでもなく、集団的自衛権が違憲であることは容易に分かる。憲法第9条第2項で戦力不保持と交戦権の否定が明記されている以上、集団的自衛権が容認される余地はない。だから基本的には自民党政権寄りである歴代の内閣法制局も集団的自衛権には「ノー」と言い続けてきた。また、集団的自衛権は言うまでもなく、自衛隊と日米安保そのものが違憲だと考える者は今でも決して少なくない。

 集団的自衛権擁護論者は国連憲章で集団的自衛権が認められていることを引き合いに出すが、日本国憲法は国連憲章に基づき制定されたものではない。また国連憲章が容認する集団的自衛権は、大国の侵略に単独では対抗できない小国が他国と協力することで独立を守るための暫定的な措置であり、米国のような、誰もがその存在を恐れ、本気で戦う気など起こさない超大国を想定したものではない。米国は誰の支援も必要としない。たとえロシアと中国が全面的な軍事同盟を結んだとしても米国との正面衝突は避ける。それゆえ、集団的自衛権を容認する根拠はない。

 その一方で、集団的自衛権の違憲性は、日本国民すべてに重い問いを突き付けている。集団的自衛権を否定することは容易い。しかし、米国に一方的に日本の防衛義務を課し、日本には米国の防衛義務が存在しない現在の日米安保条約は公平なものとは言えない。日本が敗戦後の混乱期にあったころ、あるいは日本が人口数百万程度の小国で、かつ経済的にも軍事的にも弱い国であれば、このような片務的条約もありだろう。本来国連が守るべきその国の独立と権利を米国が代わりに守っていると解釈することができる。だが日本は望むと望まざるとに関わりなく、世界第3位の経済大国で、自衛隊もその規模は小さいとは言えない。核兵器製造施設に転用できる大規模な核燃料再処理工場の建設やロケット開発も進めている。また核兵器使用禁止条約案に対しては、棄権するばかりで賛成していない。この現実をみるにつけ、米国だけに防衛義務を課す日米安保条約は現実離れをしていると言わざるをえない。「米国にとって大きなメリットがあるから日米安保を維持している。日本が安保を解消すると言いだせば米国は継続を強く要請するはずだ」と言う者がいるが、根拠は乏しい。中国との友好関係が深まり中国が海洋進出を抑制すれば、日米安保など米国にとって大した問題ではなくなる。尖閣は安保発動の要件となるとしているものの、領有権論争それ自体については、米国は中立で、日中で話し合って解決するべきこととしている。

 それゆえ日本が取るべき道は二つになる。憲法を改正して明確に自衛隊と日米安保を合憲化し、併せて集団的自衛権発動を可能とし軍備を強化するか、憲法を堅持し日米安保を解消し自衛隊を廃止又は植民地化に抵抗するための必要最小限度まで縮小するか、このいずれかだ(憲法を維持し、かつ日米安保を解消し軍備は増強するという政策は違憲で選択肢に入らない)。

 日本はこれまでかなり虫のいいことを言い続けていた。平和憲法を盾に国際紛争での戦闘行為参加を拒絶し、その一方で世界最強の米国の軍事力に頼り、世界唯一の被爆国であるにも拘わらず政府は核廃絶に向けて形ばかりの行動を取るだけで真摯に取り組んでこなかった。寧ろ将来の核武装に備えて核燃料再処理工場の建設やロケット開発に多額の投資をしてきた。だが、いつまでも、このような虫の良い話しは通じない。安部政権は憲法第9条の改正を望んでいる。筆者は第9条改正に反対だが、第9条の改正に関する国民投票の実施には賛成する。維新など改正に積極的な野党もあるのだから、公明党が反対しても、衆参両院で3分の2の多数を占めることは不可能ではない。国民投票を実施し、国民自身でどうするかを決めるべきときがきた。そうしないと、いつまで経っても、けじめが付かず、ずるずると憲法が拡大解釈され破滅の道に進む危険性が高まっていく。護憲派としては、国民投票で第9条改正が多数で可決されることは怖い。だから国会内で封印しておきたい。多くの護憲派の本音も同じだろう。しかし、けじめが付かない状態でずるずると戦争に巻き込まれるくらいならば、第9条を改正し、自衛隊(国防軍と名称変更されるかもしれないが)の活動範囲を憲法に明記し制約を課した方が寧ろ好ましい。いまや、改憲派のみならば護憲派、そして全ての国民にとっても正念場なのだ。


(H27/6/7記)


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