☆ ここが正念場 ☆

井出薫

 1ドルが120円を超えた。米国の景気回復で日米の金利差が広がり円安が進んでいる。

 半世紀前、日本円は1ドル360円だった。「ハンドルください。幾らですか。」、「180円、半ドル(180円)だから」というジョークをよく耳にしたものだった。当時は固定相場制で1ドル360円と決まっていた。その後、為替市場は変動相場制に移行し、高度成長期の日本の通貨「円」は徐々に高くなっていった。

 それでも1985年のプラザ合意までは、1ドルは200円台半ばだった。それが、プラザ合意に基づき、先進各国が為替市場に協調介入した結果、100円台に突入する。そして、その後も上がり続け、民主党政権時代には、1ドル80円台までに上昇した。その過程で、輸出産業の国際競争力は低下し、工場の途上国や米国などへの移転が進んだ。その影響で、国内の景気は低迷し若年層の雇用が減少し非正規雇用者が増大することになる。

 通貨が高くなることは悪いことではない。事実、通貨の価値はその国の経済力を示す。しかし輸出産業が国の経済を牽引する日本では円高は輸出産業の競争力を削ぎ景気を悪化させる。高度成長期はそれでも技術革新で生産効率を上げ品質を向上し最新の機能を盛り込むことで、国際市場で優位を保つことができた。だが今は違う。円高で価格が上昇すると売上げは減少し、円安になると売上げは増加する。つまり単純なミクロ経済学の法則に従う状況となっている。事実、政権交代以来、円安で輸出産業を中心に企業の業績は改善している。

 それゆえ、現在の日本では、円安は経済にとっては寧ろ有利に働く。ただ、それも限度がある。度を越した円安は輸入品価格の高騰に繋がり、輸入業や輸出をしない中小企業では費用増加となり経営を圧迫する。消費財の多くを輸入に頼る現在の日本では家計も苦しくなる。

 アベノミクスが導入されたとき、一部でハイパーインフレを危惧する声があがった。しかし、これまでの経過を見る限り、この先、金融緩和を加速させても、安定した金融システムを有する日本でハイパーインフレが起きることは考え難い。寧ろ、危惧されるのは、円安が行き過ぎて、インフレで、かつ不景気というスタグフレーションになることだ。

 アベノミクスは金利を下げて円安を誘導する。それは確かに輸出の伸びに繋がり大企業の業績を改善する。しかし、今のペースで円安が進むと輸出産業以外の企業は苦しくなり家計は内憂外患になる。だからと言って、景気が回復したとは言えない現状で、金融緩和を止めたら反動で株価は暴落し、消費は冷え込み、景気が悪化することは目に見えている。そうなれば財政悪化も一段と進み、消費税増税を見送ったことが仇となり、それこそ通貨「円」の信用失墜でハイパーインフレのリスクが生じる。だから現時点では金融緩和を止める訳にはいかない。

 日本経済は今非常に難しい局面を迎えている。ただ金融緩和をしていればよいという訳にはいかないことははっきりした。経済学者は成長戦略が鍵で規制緩和が必要だと言うが、規制緩和が経済成長に繋がる根拠はない。野党の選挙公約はどれも付け焼刃で代替案にはならない。いずれにしろ、通貨は市場経済の要で、その価値が下がることは常にリスクを伴う。政府も日銀も今が正念場であることを認識し、しっかりとした対応を願いたい。


(H26/12/7記)


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