☆ 日中関係の改善を ☆

井出薫

 来週、日中の首脳会談が開催されることになった。

 尖閣諸島の国有化以来、首相の靖国参拝も手伝い、日中関係は過去にはないほど険悪になっていた。だが、これは日本にとっても、中国にとっても望ましい事態ではない。偶発的な衝突でも起きれば、日本は戦後最大の危機に陥ることになる。政治だけではなく経済も大きな打撃を受ける。首脳会談を通じて、この状況を打破し、両国関係の改善を強く望みたい。

 安倍首相は筋金入りの保守派、タカ派と呼ばれる。中国や韓国も就任以来、首相の行動に警戒感を抱き続けてきた。就任2年も経過して未だに両国との間の首脳会談が開催されていないことにそれが表れている。

 だが、災い転じて福となす。安倍首相がタカ派であるがゆえに、両国との関係を改善する絶好の機会と見ることもできる。会談に先立ち、両国は4つの合意をしたと発表した。その内容は必ずしもタカ派的なものではなかった。日本側は尖閣の領有権問題の存在を認めた訳ではないと主張している。しかし実質的には、日本が領有権問題の存在を認めたと解釈できる合意内容になっており、中国側はそう解釈している。そして米国を含めた諸外国もそう解釈するに違いない。尖閣を日本固有の領土として領有権問題の不在を主張してきた日本政府としては大きな方向転換だと言ってよい。

 このような大胆な転換が可能となったのは、安倍首相がタカ派だからという面がある。もし民主党政権が同じ内容の合意をしていたら、保守系メディアから激しい非難を浴びていた。特に雑誌系のメディアからは「土下座外交」と罵倒されていたに違いない。野党だった自民党も政権批判のキャンペーンに利用していただろう。自民党でも親中派と目される福田康夫政権時代だったら保守系メディアから非難の声が上がっていた可能性が高い。しかし、保守派が支持する安倍が首相であるから、保守系メディアも表だって批判ができない。安倍以上にタカ派と目され保守派から人気が高い石破も今回の合意に賛同している。内紛が絶えず、政治の方向性が見えない維新を支持することなどできない相談だから、保守派はこのまま沈黙を続けることになる。リベラルや左翼は元々日中関係改善を強く求める立場だから、こちらからも異議は出ない。同じことは北朝鮮による拉致問題にも当て嵌まる。交渉の過程で日本側は相当の譲歩をしているが、それが大きな話題にならないのは、首相が安倍で保守派が黙認しているからだ。

 そもそも尖閣が「日本固有の領土」と言うのはいささか無理がある。19世紀末、日清戦争の最中、日本は尖閣諸島を領土として組み入れた。それは「先占の法理」と言われる国際法に則った正当な行為だったとされる。それゆえ、日本が領有権を主張するのは当然で、それを不法占拠のごとく言い立てる中国や台湾の批判は、批判のための批判に過ぎず、正当なものとは言えない。しかし、歴史的な背景や地理的条件を考えるとき、「領有権問題は存在しない」とまで言い切ることはできない。日本の後ろ盾である米国が、尖閣を安保の対象に含まれるとしながらも、同時に尖閣の領有権そのものについては関係国の話し合いによる平和的解決を求めていることがそれを裏打ちしている。戦後、日本の領土を確定したサンフランシスコ条約に中国(中華人民共和国)が参加していないことも考慮に入れないとならない。

 領有権問題の存在を認めることは、領有の正当性の主張を放棄することではない。領有権を巡る意見の相違があることを認めたうえで、日本の領有の正当性を主張し続ければよい。また尖閣を有効的に支配している現状を変更する必要もない。尖閣における領有権問題の存在を認めることで、逆に、竹島については、領有権問題は存在しないとする韓国を交渉のテーブルにつかせる道が開ける。そして、尖閣、竹島ともに、その領有権については、国際司法裁判所の裁定を仰ぎ最終的な解決とすることが望ましい。

 いずれにしろ、日本と中国の首脳が会談し、平和共存を目指して意見を交わすことは極めて有意義だ。安倍首相には自らの思想信条を封印し、現実主義に徹し成果をあげ、次は韓国との関係改善を進めてもらいたい。それが北朝鮮の拉致問題解決を促すことにも繋がる。


(H26/11/9記)


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