☆ 日本経済の行く末 ☆

井出薫

 アベノミクスの最大の成果は何か。株価が上昇したことだ。リーマンショックで(日経平均)7千円台まで下落した株価が1万5千円台にまで持ち直している。リーマンショック直後の株安時に大量に株を購入し大きな利益を上げた者も少なくない。

 株価上昇で儲けた者はそれを消費に回す。それにより需要が増加し景気が好転する。株で利益を得ていない者でも、景気が良くなれば賃金が上がり、株価上昇の恩恵を受ける。そして、同じように消費に回すお金が増えて需要増を生み出し景気を好転させる。景気が良くなれば、株価は上がるから、日本経済に好循環が生まれ好景気となる。

 90年代のバブル崩壊以前の日本であれば、このシナリオどおりになっただろう。しかし、今はそう簡単には話しが進まない。好循環に与ることができない者たちが多数存在する。年金だけが頼りの高齢者、非正規雇用の労働者、資産のない母子家庭など低所得者層がそれに該当する。収入は増えず、その一方で消費税増税とインフレで生活費は嵩む。彼(女)たちは株を購入する余裕などなく、好循環の中から弾き飛ばされている。

 株価上昇の恩恵を受けることがない者たちの割合が増えると、株価上昇の効果は薄れ景気を刺激する力が低下する。株価の上昇や企業の好業績にも拘わらず、はっきりと景気が改善したとは言えない現状がそれを物語っている。大企業や富裕層は確かに利益を上げている。しかし、中間層からの下の層への還元は限られており、寧ろ生活が苦しくなっている者も少なくない。だから、はっきりと目に見えるほどの景気の改善が見られない。そのことは、街をぶらぶらと歩いてみればすぐに分かる。リーマンショックの当時に比べれば賑わっているとは言え、その程度は微々たるものでしかない。ショッピング街では短期間で閉店する店が相変わらず多く、いつの間にか消えた老舗もある。客より店員の方が目立つ店も少なくない。そういう店は、たいていのところ、少し経つと店員の数が減り、やがて閉店することになる。

 消費税増税で4月から6月期のGDPは予想通り大きく落ち込んだ。政府関係者や政府に近い経済学者、アナリストなどは、GDPの下落は想定内に収まっており景気の悪化が懸念される状況ではないと言う。企業、特に大企業の業績を見る限りは景気の悪化を窺わせるものはない。だからこそ株価も安定している。しかし、それを支えているのは、株で大きな利益を得ることができるような大企業と富裕層だけで、日本全体の経済状況が改善しているとは言えない。

 一番警戒しないといけないことは、インフレ率やGDP、失業率、企業業績、株価などのマクロ経済学的な指標が好調であるにも拘わらず、その一方でじわじわと貧困が拡大し、しかもそれが隠蔽されることだ。それは資本主義的搾取の隠蔽という伝統的マルクス主義の主張を意味するものではない。政府、メディアなどが街の様子、人々の暮らしなどアナログな現実に目を遣ることなく、ICT機器に表示されるデジタルな統計資料だけを見て、景気は継続的に改善していると誤って判断することを意味する。つまり悪意なく貧困の拡大を見落とすことが何よりも懸念される。そして、それはすでに現実になっているように思われる。大都会の喧騒の裏では、孤独な貧しい老人や都会の派手な生活から疎外された非正規雇用の労働者たちが急増している。地方では、東京など大都会に本社を構える大企業の好業績や株価の上昇などは、別世界の出来事だと感じている者が多い。こういう生の現実、生の感覚が極めて重要なのだが、統計資料では捨象されてしまう。だから、デジタルな統計数値ばかりに気を取られていると、重要なアナログデータが捨象されていることに気が付かなくなる。ここに一番のリスクがある。それでも高度成長時代ならばこのリスクは大したものではなかったかもしれない。しかし急速な少子高齢化が進む日本では重大なリスク要因となる。

 今のままでは、やがて、生活保護や様々なケアを受けなくてはならない者が増大し、財政悪化に拍車が掛かり、慢性的な不況に悩まされることになる。アベノミクスが駄目だと言うのではない。インフレ率、GDP、失業率、株価や企業業績などのマクロ経済学的な指標を見るだけで景気判断をしてはいけない時代が到来している。そのことに早く気が付かないと道を誤ることになる。


(H26/8/17記)


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