☆ より良い医療を ☆

井出薫

 行政は、緊急時を除いて、大病院にいきなり行くのではなく、まず掛かりつけの開業医(ホームドクター)のところに診察に行き、必要があればホームドクターに紹介状を書いてもらい、それから大病院を受診するように指導している。それは当然で、ほとんどの病気は自然に治り、また少々性質が悪い病気でも大抵は町の開業医で十分に処置できる。開業医で処置できる程度の病気で、大病院に押し掛けたら、大病院での処置が不可欠の重症患者やその家族に大変な迷惑をかけることになる。

 筆者のホームドクターは30年以上の付き合いだが全幅の信頼を置いている。診察は慎重で、典型的な症状が出ていない限り、安易に病名を決めたり、大量の薬を処方したりしない。様子を見ながら治療法を考える。そして「万一、このような症状が出たらすぐに救急車を呼んでよい。」など緊急時の判断と対処策を指示してくれる。1、2週間しても治療の効果が出ないときには、適当な検査機関や専門医、大病院などに紹介状を書いてくれる。外科も守備範囲で、怪我をしたときなども適切な処置をしてくれて大ごとにならないで済んでいる。また経験豊富で腕が確かな看護士が二人いて、注射やけがの手当て、簡易な検査などを短時間でそつなく遣ってくれるのも心強い。「診察なしで、薬だけ欲しい」と言っても、診察しない限り薬を出してくれないのが面倒だが、これも医者としての良心の現れだと評価できる。

 だが、こういう開業医ばかりではない。のっけから大量の薬を処方し、効果がないのに1月以上同じ薬を出し続けている開業医がいる。10年ほど前に知人が掛かっていた開業医がその例で、いっこうに良くならないので他の医院を受診したところ大腸癌が発見された。幸い手術が上手くいき、今ではすっかり元気になったが、開業医の言うままに効かない薬を飲み続けていたら危ないところだったと知人は語っている。また、帯状疱疹を自信満々に接触性皮膚炎(かぶれ)だと断言し、患者に誤診を指摘されても涼しい顔をしている開業医もいる。注射が下手で、血液検査のたびに患者の腕が曲がらなくなるほど内出血させる開業医もいる。

 いずれにしろ、開業医のスキルに差があるのが実情で、スキルの低い開業医をホームドクターにすると酷い目に会いかねない。さらに、開業医は歯科などを除いて一応全ての診療科目のプライマリケアができることになっているが、実際は専門の得意科目と経験に乏しい不得手科目がある。不得手科目はすぐに専門医を紹介してくれればよいのだが、帯状疱疹をただのかぶれと誤診した医師のように、何でも分かる顔をする医師がいる。また、疾病の流行状況や特徴などをこまめにチェックして診察に活かしている真面目な開業医もいるが、全く無頓着な開業医もいる。

 さすがに最近は開業医が集まってスキルアップのために研修をしたり、疾病の流行状況の情報共有に努めていたりするところが増えているそうだが、そういう集まりや情報共有に熱心でない医師も少なくないと聞く。

 大病院に行く前に掛かりつけ医のところへという指導は正しい。だが、この指導が住民の健康を守るうえで有効に機能するためには開業医のスキルが高い水準で均質化しないと駄目だ。そうならない限り、お金に余裕がある者は開業医が信頼できない場合、たとえ高い初診料を取られても大病院へ直接行くことになる。一方、お金に余裕がない者は、信頼できる開業医を探して回ることになる。

 昨今、自由診療の制限を緩和しようとする動きがあり、今後ますます開業医のスキル差が広がっていく可能性がある。そのようなことがないよう、行政と医療関係者、さらには市民が一体となって、より良い医療環境を構築することが強く望まれる。


(H26/7/27記)


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