☆ 法人税減税 ☆

井出薫

 政府は、法人税減税が安定的な経済成長に効果があると説いている。本当だろうか。

 法人税は課税所得に課税される。それゆえ利益が出ていない企業には課税されない。法人税率が幾らであろうと、営業利益や経常利益には影響はない。税引き後の利益いわゆる純利益にだけ影響がある。それゆえ法人税率が引き下げられても、賃金上昇は余り期待できない。賃金は費用だから営業利益に反映されている。法人税率が引き下げられても、賃金を上げれば、他の条件が同じである限り営業利益や経常利益は減る。自社の安定性、成長性を宣伝し株価の押し上げを狙う経営者たちは、営業利益の伸びを重視する。営業利益を伸ばすには賃金を抑えることが有効だから、法人税率が下がっても、一部のエリートを除けば、賃金上昇には繋がらない。

 一方、取締役や株主には、法人税減税が望ましいことは間違いない。営業利益が同じでも、法人税率が下がれば純利益は増大するから、取締役の報酬と配当を増やすことができる。そうなると株価の上昇が期待され、一般市民も手許資金を預金から株へと移動させることが想定され、株式市場が益々活況を呈する。また法人税率の引き下げで、外国からの投資が増加することも期待できる。

 要するに、株主や取締役、外国資本にとって法人税減税は望ましい政策だが、一般市民、特にリスクの高い株式など購入する余裕などない者にとっては、法人税減税の御利益はほとんど何もない。寧ろ、法人税減税で財政が逼迫し益々福祉や社会保障費が削られる危険性がある。勿論、政府もそのことは承知の上で、法人税率引き下げは投資を促し景気が改善し、非正規雇用の労働者や年金収入に頼る高齢者など経済的に苦しい者たちにも間接的に好影響を与えると盛んに宣伝する。確かに、理論上は、景気が良くなることで、雇用が増え、企業の営業利益が増加し(法人税率引き下げにも拘らず)税収増になり福祉や社会保障が充実するということはありえる。

 しかし、現実には、そう上手くはいかない。法人税率の引き下げは真っ先に経営者や株主の懐を潤す。懐が潤った経営者たちが雇用を拡大し労働者の賃金を引き上げ、経営者や株主たちが経済的に苦しい者への支援活動に熱心になれば、確かに好循環が生じるかもしれない。しかし利益が増大すればするほど、現代人は益々自分の利益を増やそうとする。経営者や株主は従業員の給与・賞与や社会貢献よりも、遥かに取締役報酬や配当に気を配る。その結果、営業利益の増加が彼と彼女たちの第一目標となり、賃金や(企業が負担しなくてはならない)社会保障費を可能な限り抑制しようとする。一部のエリート社員たちには、他社に引き抜かれないために様々な配慮を施すが、平凡な社員には総じて冷淡で、単なる費用の一部としてしか評価しない。実際、経営者と従業員の格差、従業員の中での(出世コースを歩む者とそうでない者との)格差は確実に拡大している。実力主義、成果主義と称する賃金体系をみれば、それが如実に現れていることが分かる。

 それゆえ、法人税減税は、(北欧諸国のように)高い個人所得税率とセットにしないと、社会的格差の拡大を確実に助長する。確かに政府も、税制改革の一環として高額所得者の所得税率を引き上げている。しかし、その引上げ率は多額の報酬や配当を得ている経営者や大株主の自己利益への拘りを方向転換させる効果を持つほどのものではない。そもそも現政権とって、富裕層への所得税増税は財政難だから致し方なく導入したものに過ぎず、社会的な富の再分配、格差の縮小を目指すものではない。それゆえ財政状況が改善すれば再び高額所得者への優遇策が打ち出されることが予想される。

 法人税率の引き下げは、私企業の利潤獲得が社会活動全体を駆動する現代資本主義の必然的な帰結だと言える。社会全体が貧しいうちは高い税率に同意していた経営者たちや株主など富裕層も、経済成長と共に自らの本性を露わにしてひたすら利益を追求するようになる。そのために欠かせない施策が法人税減税だ。しかし、それが再び社会を貧困へ、混乱へと導く可能性がある。社会が安定し一般市民が法と秩序を守っているからこそ、安心して私企業は利益を追求することができる。社会が混乱すれば何も確かなものはなくなり、富が破滅を招くことすらありえる。そのことを私たち、特に、大企業経営者や大株主など富裕層に属し最も経済的に恵まれている者たちは肝に銘じておく必要がある。


(H26/6/15記)


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