☆ 安定政権、その意義と不安 ☆

井出薫

 安倍政権が発足以来一人の閣僚の交代もないまま500日が過ぎた。これは戦後最長記録だと言う。これまでが短すぎたという面もあるが、安倍政権の安定ぶりが目を引く。

 安定政権の理由は幾つかある。まず何よりも、野党の衰退が大きい。はっきりと反自民を標榜する政党は共産党と社民党だけで、共産党は一定の勢力を保っているが社民党は衰退の一歩だ。野党と言っても、維新とみんなは自民党に極めて近い。公明党は政権に参加していることもあり、自民党に表だって反旗を翻すことはない。民主党は相変わらず党内が一致せず党勢回復の見通しが立っていない。安倍首相もこの状況をよく理解し、公明党の反対する政策は強行せず、維新とみんなには時として秋波を送り、民主党に対しては相手の足下を見ながら余裕の対応をしている。党内の反主流派も4年前に党内抗争に明け暮れて政権転落の憂き目を味わったこともあり、首相を挙党一致で支える姿勢を崩していない。こうして、党内外共に長期安定政権の体制が整っている。このような状況はおそらく戦後初めてではないだろうか。

 表看板のアベノミクスも、輸出産業を中心にして企業の業績回復が目立ち、賃金も上昇したことで、一定の成果を収めたと評価されている。その勢いで第一のハードルであった消費税増税も無難に切り抜けている。少子高齢化の急速な進展に見合う社会保障の財源確保や国際情勢の流動化など不安定要因は少なくないが、今のところ致命的な問題とはなっていない。

 靖国参拝を巡る中国、韓国との対立激化、米国からの批判はあったものの、中国がベトナム、フィリピンなどと海洋の主権を巡って対立を深めていることもあり、外交面でも、首相の姿勢は一定の評価を受けている。

 東京五輪の開催決定も明るいニュースとなり政権に有利に働いている。人気取りに過ぎないという批判もあるが、女性の登用を積極的に推進していることも評価される。こうして総じて安倍政権は発足以来順調に政権運営を進めて来ており、そのため発足してから1年半経過した時期としては、過去の政権と比較して支持率はかなり高い。現状では、安倍首相は次の衆院選挙まで政権を維持し、さらには次の選挙にも勝利を収め佐藤政権以来の長期政権になる可能性すら出てきている。

 勿論、そう簡単に事が進むとも思えない。首相は公明党に配慮して持論の改憲への行動はかなり控えめにしている。だが、政治家としての信念である改憲をいつまでも封印しておくことはできないだろう。改憲の前段とも言うべき集団的自衛権の容認も今国会での閣議決定は見送る模様だが、近いうちに必ず強行してくると予想される。そのとき公明党がどのように動くか、それに対して首相がどのような決断を下すかが焦点となる。その成り行きによっては一挙に政局が流動化する可能性はある。しかし、公明党の政権離脱による政局の流動化の可能性は低いと予想する。妥協案を作るのは自民党の得意とするところで、それゆえ長期にわたり政権を維持してきた。何よりも、一般論的に安定政権は悪いことではない。寧ろしっかりとした政策を策定し実行するには政権の安定が好ましい。頻繁に首相が交代することが過度の官僚主導・官僚依存の行政を招いたことを考えれば、一人の首相が最低4年、その地位に留まることが寧ろ望ましい。

 だが、不安なことは、現政権と現政権の政策に取って代わる勢力や政策が存在しないことだ。安倍より首相に相応しいと評価できる人物は見当たらない。アベノミクスの実体は単なる大規模な金融緩和に過ぎないという意見があり、筆者もその通りだと考えるが、では合理的かつ現実的な代案があるのかと言えば見当たらない。外交政策でも、現時点では日米安保の見直しなどが困難であることから、靖国の参拝を止めることくらいしか安倍政権との違いを見せることができない。つまり、安倍政権に代わる政権、安倍政権とは異なる、より合理的かつ現実的な政策を打ち出し実行することができる政権が存在しうるのかという問いに、肯定的に答えることができないところが不安なのだ。それは安倍政権が行き詰った時に出口がないことを意味する。それは杞憂に過ぎない、そのときになれば合理的な選択肢が生まれてくるという楽観論もある。だが本当にそうなのだろうか。そう楽観はできないと思える。

 安倍政権が長期政権となり、その過程で、首相の権力が肥大化し、三権分立や平和思想、基本的人権が脅かされていく、しかし他にはないということで政権交代ができない、あるいは政権交代したがもっと悪くなった。そういうことにならないようにしないといけない。確かにそれは極論かもしれない。しかし他の選択肢がないと人々が思うようになったとき、思わぬ事態になる可能性はある。それを避けるためにも、安定政権に一定の期待をしつつも、常に他の選択肢を考案し準備しておく必要がある。


(H26/5/11記)


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