☆ 地球温暖化論に寄せて ☆

井出薫

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書が昨秋から逐次公開され、地球温暖化の想定されるシナリオ、その影響と対策が報告されている。しかし、IPCCの発表とそれを受けた報道には疑問を感じない訳にはいかない。

 一番の疑問、違和感は2℃という数字にある。地球温暖化による悪影響を避けるには、産業革命前から21世紀末までの温度上昇を2℃以内に留める必要があると言う。だが2℃を超え、たとえば2.5℃になると壊滅的な状況になるという根拠がない。逆に1.5℃ならば大丈夫という根拠もない。色々と解説書を捲ってみても納得がいく説明がない。ただ現状を放置すれば、21世紀末までには4℃以上の温度上昇が起きる、せめてその半分である2℃以内に留めないと駄目だという程度の理屈しかないようにしか読めない。これでは、半世紀近くに亘って「東海沖で大地震が起きる」と言って、東北沖大地震のリスクを物の見事に見落としたどこかの国の地震研究家たちと大差がない。

 さらに、「現状を放置すれば4℃の温度上昇が起きるが、2050年までに排出量を50%に削減し、21世紀末までにゼロにすれば2℃以内は実現できる。それができなければ2℃以上の上昇は避けられない。」などと報じられているが本当だろうか。この報告が正しいとすると、二酸化炭素排出量xと温度上昇yとの関係を示すy=f(x)の関数fが判明したことを意味する。この関数fが分からなければ、どれだけ温度上昇するか、どれだけ削減すれば2℃に収まるのか分からないはずだからだ。しかし、極めて複雑な気象現象で、関数fを正確に見積もることなどできるはずがない。地球温暖化と言っても、世界が均一に温度上昇する訳ではない。地球温暖化の影響で、海洋の中深層(数百メートル以深)の海洋循環(熱塩循環と呼ばれる)が現在と大きく変わり、北大西洋に流れこむ温かい海流が消滅し、欧州は温暖化どころか10℃の温度低下に襲われると予測されている。だがそれは本当に確実なのかというとそうではない。想定しうるシナリオでしかない。では日本はどうかと言われると実はよく分からない。おそらく平均程度に上昇するだろうと漠然と予想されているに過ぎない。現時点での地球温暖化の理解とはこの程度のものでしかなく、関数fの正確な形式は不明で、二酸化炭素の排出量をどの程度削減すればよいのかなどということは、本当のところよく分かっていない。

 しかも、温室効果ガスは二酸化炭素だけではない。微量だがメタンは二酸化炭素の20倍以上の温室効果があり、こちらも大気中の濃度が上昇している。日本近海でメタンハイドレード(固化したメタン)が発見され大いに期待されているようだが、メタンの回収と適切な利活用に失敗しそれが全て気体(期待?)となって大気中に放出されることになったら、大変なことになる。日本は世界を滅ぼした元凶として歴史に記されることになろう(尤も人類が滅亡したら歴史もなくなるのだが)。他にも、強力な温室効果ガスである亜酸化窒素も窒素肥料の大量使用で大気中濃度が増加している。要するに、二酸化炭素排出だけを抑制すれば良いという訳ではない。人口増加に伴い食糧の増産が急務で、この先もメタンと亜酸化窒素の増加は避けられそうもない。二酸化炭素増加の影響が大きいために、今は隠れているが、二酸化炭素の削減に成功すれば、今後はこちらが重大な問題となる。

 2℃という数字に大した意味はない。温暖化を警告するためのPR用数値に過ぎない。2℃が閾値だとしても、どれだけ二酸化炭素を削減すればそれを阻止できるのか分からない。二酸化炭素以外の人為的な要因である、メタンや亜酸化窒素の増加の影響やその抑制策は研究が進んでいない。要するに、現時点では、このままだとどうなるのか、どうすればよいのか、誰も分かっていない。それなのに「全ては明確であり、遣るべきことははっきりしている、あとは遣るか遣らないかだけだ」と言わんばかりの言動が罷り通っている。そして、それぞれの思惑で、2℃という象徴を勝手に援用して、原発を容認しようとしたり、シェールガス革命とやらで世界のエネルギー市場でイニシアティブを取ろうとしたりしている。こんなことで温暖化問題が解決できるはずがない。

 温暖化を否定するのではない。温室効果ガスである二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素などの大気中濃度が急増しているのに、何の影響もないと楽観することはできない。一部には、地球温暖化を原発推進派やエコ産業で一儲けを目論む者たちのデマだと否定する向きもあるが、そのような議論には同意できない。だが現在の温暖化論議はとても科学的、合理的なものとは言えない。二酸化炭素排出量削減を進めることは、温暖化対策だけではなく資源の適切な利活用という観点からも欠かせない。しかし、だからと言って、国民生活の向上に経済発展が欠かせない発展途上国に、それを阻害しかねない二酸化炭素削減義務を課すことは正当なことではない。本当にこのままでは2℃以上温度上昇し、それが生態系と文明に壊滅的な打撃を与えるのであれば、まず可及的速やかに先進国が二酸化炭素排出量をゼロにして、その技術を途上国に移転するべきだ。ところが、本気でそこまでやろうという先進国はない。おそらく、この先どうなるか本当のところはよく分からないことを知っているからだろう。だとしたら、まったくもって無責任な話しだ。

 世界は様々な問題を抱えている。貧困、戦争やテロ、人口爆発、生態系の破壊など、いずれも急を要する問題だ。現時点では、これらの問題と比較して、二酸化炭素排出量削減を優先させるべき合理的な理由はない。世界が平和になり、貧困がなくなり、世界中の人々から明日の暮らしへの不安を取り除くことができれば、二酸化炭素排出量削減への取り組みも世界的なコンセンサスの下で円滑に進むようになるだろう。地球温暖化は事実だと考えている。しかし、まだ慌てる必要はない。今は、じっくりと研究と調査を進め、今後の見通しと対策を練ることでよい。(ただし、海抜が低い国では対策が急務である。)いずれにしろ、IPCCを含め現在の地球温暖化論は科学的とは言い難い。その点に注意を促しておきたい。


(H26/4/27記)


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