井出薫
ノロウィルス、RSウィルス、そして、これから本番のインフルエンザウィルス、晩秋から冬に掛けて、日本列島ではウィルスが猛威を振るう。 一部の強毒性ウィルスを除くと、ウィルスによる病気は、細菌による病気と異なり自然に治癒して命に関わることは少ないと言われる。そのためか、インフルエンザウィルス用の抗ウィルス薬(タミフル、リレンザなど)はあるが、他のウィルス感染症の薬はほとんどない。 確かにウィルス性の風邪は一過性で自然に治る。一番症状が激しいインフルエンザウィルスでも、タミフルなどの抗ウィルス薬を服用せずとも、大人しく寝ていれば1週間もすれば回復する。 しかしながら、高齢者や子どもの場合は重症化し命に関わることがある。それはインフルエンザウィルスに限らない、ノロウィルスやRSウィルスでも危険はある。青年層や壮年層でも持病があったり、疲労が蓄積したりしているときには重症化する。人々の生命と健康を守るために、ウィルス対策は絶対に欠かせない。 今年は、春先から初夏に掛けて風疹が大流行した。患者数は大幅に減ったとは言え、麻疹もまだなくなっていない。麻疹について言えば、ほとんどの先進国で撲滅されたと言われ、日本だけが遅れている。ウィルス感染症対策がなされていないなどというつもりはない。医療関係者や厚生労働省が努力していることは十分に理解している。ただ麻疹の例で分かるとおり不十分であることは指摘せざるを得ない。 どこが不足しているかというと、感染経路の調査と予防法の研究だ。東京を筆頭に日本の大都市は世界でも有数の人口密集地。一見したところ、そこで感染経路を調べるのは至難の技に思える。だが密集しているがゆえに、逆に感染の広がりを確実にモニターしていくが可能となる。今は誰でも、どこに行くときでも、携帯電話を所持している。数万規模で協力者を募り、移動経路と体調変化を携帯に記録し逐次サーバに転送、このデータを分析すれば、感染経路や感染の広がりなど重要な情報が得られる。最初から大きな成果は期待できないが、データを蓄積していけば、感染経路や感染パターンに関する有意義な知見が必ず得られる。それに基づき感染拡大防止策を策定、実行することで、患者数の減少が期待できる。 並行して予防法の研究が欠かせない。感染経路や感染パターンの調査結果と併せて予防策を実施すれば相乗効果が期待できる。予防法としてはワクチンが第一候補に挙がるが、ワクチンの有効性に関する研究が不十分で、効果の程度が定かでない。「ワクチンなど効果はなく医療機関を儲けさせるだけ」などという極論があるが、それを否定するデータがない。ワクチン接種を勧奨するだけではなく、ワクチン接種による抗体の増加量、抗体の量と感染、発病、症状の程度との間の相関関係などを具に調査して、効果のほどを明らかにする必要がある。おそらくワクチンの効果が立証されると予想するが、同時にワクチンは万能ではなく他の対策が不可欠であることも明らかになるだろう。マスク、手洗いなど一般に有効とされる対策についても実態に即した定量的な評価が求められる。また患者との接触のリスク評価も欠かせない。これらの調査研究の結果を総合的に評価し、より良い予防法の確立が望まれる。 これらの調査研究とそれに基づく対策は、通常の感染症だけではなく、パンデミック阻止にも役立つ。さらに地球温暖化が感染症のリスクを高めるという報告もある。世界でも冠たる高齢化先進国日本では特に感染症増大のリスクは高い。従前の対策と啓蒙活動だけではなく、ITとバイオテクノロジー時代に相応しい強力な対策を期待したい。 了
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