☆ 残業をなくす努力を ☆

井出薫

 政府が経済特区に残業代ゼロの「ホワイトカラー・エグゼンプション」制度を導入することを断念したと報じられた。当たり前だ。政府の責務は、残業代ゼロ制度の導入ではなく、労働環境の実態調査と、それに基づく残業をゼロにできる環境整備だ。

 一部の先進的な企業を除くと、日本社会では、残業が常態化している。始発電車で出社し、終電で帰宅する者も少なくない。特定の曜日をノー残業デーと称して定時退社を勧告している企業があるが、残って仕事を続ける者が多く機能していない。さらに管理者は、残業代ゼロ、勤務時間の制限がないため、名ばかりの管理者を乱造している企業もある。組織内で管理者として扱われ残業代が支払われない者のうち、労働基準法で、同基準に規定される労働時間等の制約を受けない者「管理監督職」に該当する者は少ない。肩書は課長だが、部下はなく、勤務時間の裁量もなく、非管理者の残業代を含めた賃金よりも収入が少ない者がたくさんいる。労働基準法逃れが目的と言われても致し方ないような管理者制度が、日本を代表する大企業でも罷り通っている。

 自由主義経済を採用する日本では、残業の削減は、第一に経営と労働組合の責務になる。だが労使に任せたままでは一向に改善されないことは誰の目にも明らかで、非正規雇用社員の地位保全と併せて、政府の介入が不可欠になっている。経営が政府の介入を嫌うのであれば、従業員を増やし、労働環境を改善しながら残業を減らし、EU諸国並みの年間労働時間を実現していることを公表すべきだ。だが、出来ないし、経営者に遣る気もない。労働組合は、労働者の加入率が低下し力が著しく落ちており、正規雇用社員の賃金を維持することが精一杯で、頼りにならない。

 こういう現状を考えれば、国会が法整備を進め、(無闇と発動することは好ましくないが)時には行政が強制力を以て介入し、残業ゼロ、労働時間の短縮、労働条件の改善を実現する必要がある。そのためにはまずは実態調査が必要となる。サービス残業が問題となってから久しいが、一向に減る気配がない。インターネットとモバイル端末が普及して一旦退社し自宅から会社のサーバにログインして仕事を続ける者が急増している。労働基準監督局の立入検査でコンピュータのアクセス記録を調べられることに備えて、他人のID、パスワードでログインして残業時間を誤魔化している者もいる。こういう労働環境、労働実態が十分に把握されていない。先ず徹底的な調査を実施し、対策を立案し、適切な法整備を進める必要がある。特にサービス残業には、当局がそれを把握する方法を充実させ、該当企業には現在より厳しい法的措置がとれるようにすることが欠かせない。

 勿論、無闇と政府が私企業の活動に口を出すことは望ましくない。また雇用や賃金を増やすには政府の経済活性化政策とその実行が不可欠となる。政府には企業に規制を課すとともに、企業を支援することも求められる。さらに、一番重要になるのが一般市民の考え方と行動だ。日本社会ではサービス残業を当たり前、仕方ないこと、どの企業でも遣っていることと黙認する風潮が強い。そしてそれを放置する企業や政府に非難の声をあげる者は少ない。企業組織内では、過剰な残業や過酷な労働環境に抗議すると周囲から孤立し、仕事がしにくくなる雰囲気がある。これではいつまで経ってもサービス残業や過酷な労働環境は解消されない。そして、それに起因する自殺者も減らない。既成の考え方や慣習にとらわれることなく、私たち一人一人が、自分と家族、同僚たちの権利について考え、行動することが大切だ。会社で残業するために生まれてきた者などこの世には一人もいない。


(H25/10/5記)


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