☆ 株価にみる日本 ☆

井出薫

 株式の時価総額が大きい企業が優良企業だとは限らないが、市場の評価が高いことは間違いない。6月28日、株価は大幅に値上がりしたが、時価総額のランキングをみたらちょっと驚いた。

 ベスト10にランキングされている企業を眺めると、電気通信事業者4社(ソフトバンク、NTT、ドコモ、KDDI)、銀行3社(三菱UFJ、三井住友、みずほ)、JT、自動車業界2社(トヨタ、ホンダ)が占めている。グローバル市場で高く評価されている(時価総額トップの)トヨタとホンダを除くと、国内の閉鎖的市場の寡占企業ばかりが並んでいる。JT(日本たばこ)とソフトバンクは、外国企業の買収に熱心だが、所詮資本的支配に過ぎず、グローバル市場で評価されるサービスや商品を生み出している訳ではない。

 これが今の日本経済の実情を現している。未来志向の成長産業で、国際競争が激しい分野の企業がベストテンに一つも入っていない。自動車はこれから先もながく重要な産業として生き残ることは間違いないが、未来志向の成長産業とは言えない。発展途上国が豊かになり自動車の需要が増えることだけが頼みの綱で、新しい時代を切り開く業種ではない。電気通信事業者はIT時代の花形に思われるかもしれないが、実態はインフラ提供者に過ぎず、ITそのものを利用者に提供している訳ではない。3社独占という環境で各社とも高い利益を上げているが、売り上げは頭打ちで、互いの客を奪い合っている。

 このことから、IT、バイオ、環境、資源、コンテンツ、医療、福祉、教育など、これから大きく花開くことが期待される産業分野で国際的に評価されるような企業が存在しないのが今の日本の実情であることが分かる。その結果、人々はアップルやサムソンのスマホを使ってフェースブックで情報交換し、グーグルで情報収集している。ips細胞の研究開発では、山中教授の卓越した研究成果のおかげで、何とかトップに並んでいるが、新薬の開発や遺伝子分析などバイオでも他の領域では欧米各国に比べて立ち遅れが目立つ。バイオでは中国の進歩も目覚ましく、日本を抜く日は遠くない。

 アベノミクスで大胆な金融緩和を幾らやっても、未来を切り開く成長産業で国際的な企業が登場しない限り、資源に乏しく一次産業の衰退が著しい日本の未来は厳しい。アベノミクスは一夜の祭りに終わる。

 なぜそうなのか。規制が悪い、規制緩和が日本を救うと主張する者がいる。しかし日本よりも規制が厳しい中国で、最先端分野で目覚ましい進歩がみられるのはなぜか。今より規制が厳しかった昔、「日本株式会社」、「護送船団方式」と揶揄されながら、なぜ日本は強く欧米の脅威だったのか。規制緩和論者の主張では説明が付かない。では全ての企業を国営化して市場を制覇すればよいのか。それは無茶な話で、できもしない。

 経済成長など諦めてエコロジカルな生活を求めればよい、マクロ経済の数値が後退しても今よりずっと幸福な生活が可能だという理想主義者がいる。確かに魅力的な考えだ。株式の時価総額などという空疎な記号に踊らされるよりは遥かにましな生活だと言える。温暖化問題も、生態系の破壊も、資源の枯渇も、こうしたライフスタイルの抜本的な転換で解決するという者もいる。だが、現実的には、それは不可能だ。理念として理解できても、実行できる者はほとんどいないし、それを強要することもできない。商店街やネットに広がる商品は魅惑的で、それを断念することは世俗的な現代人には余りにも禁欲的で耐え難い。

 結局、人々が株価に一喜一憂する日々が続く。経営者は自社の株式の時価総額に気を配る。こうして膠着状態が継続する。そんな中、今は内向きの寡占企業が上位を独占しているが、ソニーやパナソニックが復活し、新興のIT企業やバイオ企業が上位を占める日が遣ってくると期待している者もいる。だが、そうなるかどうかは分からない。寧ろ今の日本の状況を考えると期待薄だと思わざるを得ない。

 人間は自分たちのことは自分たちで決められると考える。自然の支配は無理でも社会は人間の決まり事なのだから制御可能だと信じている。だが違う。人間の社会的活動の所産でしかない株価を誰も予測できない。株式の時価総額がなぜこの額で、別の額ではないのか、誰も説明できない。尤もらしい高度な数理モデルを援用しても、大概、見込み外れに終わる。同じように、なぜ今の日本があるのか、将来はどうなるのか誰も分からないし、決められない。どんな政策を打ち出しても、その効果は後から評価するしかない。

 だとすると、私たちは手探りで暗闇の中を進んでいくしかない。株価や株式の時価総額など大した話しではない。だが一つの手掛かりにはなる。規制緩和論者の主張も、エコロジストの理念も、それぞれ参考になる。排他的、独断的な態度を改め広く知識と意見を求めていけば、IT時代がもたらした新しいツールを援用して、徐々に社会を改善していくができる。これまで述べてきたとおり、日本の現状は相当厳しいが、それでも、こうした地道な試みの中で未来も切り開かれてくるはずだ。

 但し、それがどんな未来か予想することは難しい。ただ、人々が株価の変動に一喜一憂する生活はやはり健全ではないと思われる。それは余りにも非生産的で、かつ、不健康だからだ。もっと明るく楽しく生産的で健康的なことに人々の関心が移ることを強く期待したい。


(H25/6/29記)


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