井出薫
1票の格差は違憲という判決が相次いでいる。数は少ないが選挙自体が無効という判決もある。最高裁でも選挙無効という判断が下る可能性もゼロではなくなってきている。選挙制度の改正と1票の格差是正は待ったなしだ。 一方、本当に1人=(完全に均等な)1票ならばよいのかという課題も残る。人口が最も多い東京都と少ない鳥取県では、人口に20倍以上もの差がある。しかも格差は益々広がっている。単純に1人1票だと、東京都選出議員20名に対して鳥取1名となる。将来はこの差がもっと広がる。1票の重みが高い人口の少ない県では、現行選挙制度により利益を得ているはずだが、現実はインフラ整備が進まず人口流出が止まっていない。この不均衡を是正せずに、単純に1人1票を実現すると、人口の少ない地方が益々衰退する危険性が高い。TPPなどでも都会に暮らす者の意見が優先され、地方の第一次産業従事者の意見が軽視される恐れが強い。 国家間では、国民の数で(たとえば国連の)投票権が左右されることはない。もし人口比で国連の投票権が左右されるとしたら、中国とインドなど人口が多い国が圧倒的な優位に立つ。その結果、一部国家の膨張、小国併合が進み少数民族などマイノリティーの人権が著しく侵害される危険性が高い。だから、人口が10億を超える中国やインドのような国でも、人口1千万を下回る国でも、原則対等な権利が付与されている。 国家間のルールと国内のルールを同一視することは勿論できないし、するべきではない。日本国内の都道府県の区分けは便宜的なものに過ぎず、日本国籍の者は日本国内どこに住んでいようと同一の憲法、同一の法律に制約される。だから原則論的には1人1票が正しい。しかし、現実をみたときには、国家間の現実に類似した面がある。大都市の意向が1票の重さ以上に政治に反映されている現実がある。その点を考慮すると1人1票の実現と並行して、地方に暮らす人々の意見が政治に反映される仕組みづくりが必要となる。 憲法41条に示されるとおり、立法権は専ら国会に属する。他の機関には法律を定める権限はない。ただ国会が定めた法律の範囲内で、地方議会は条例を定めることができる。しかしながら現実には、法律の約半数を占めると言われる行政法(「行政法」なる法律はなく、行政関連の法律を意味する)では、多くの条項が「○○省令に定める」、「○○大臣が定める」、「都道府県の知事の認可が必要」などという文言を含んでおり、実効的な法律の内容が行政の裁量に委ねられている。その最も典型的な行政活動が行政立法(政令、省令、告示など)で、現代国家が官僚支配の行政国家となっていると指摘される所以でもある。この問題に対しては、民主制が骨抜きにされないように様々な措置が講じられている。国家賠償法や行政事件訴訟法に基づく司法による統制がその一例として挙げられる。さらに、より重要と思われるのが、2005年の行政手続法の大幅改正に伴い制度化された同法第38条から45条による意見公募手続(パブリックコメント)、通称「パブコメ」で、行政がその裁量に基づき制定する行政立法案に対して、国民のみならず、在日外国人や外国政府も意見を述べることができる。残念ながら国民の関心が薄く十分に機能しているとは言い難いが、行政の肥大化に対する民主的な統制として重要な役割を果たすことが期待されている。 国会の立法(法案等)に対してもパブコメを導入してはどうだろうか。これにより1人1票制度による地域格差拡大の緩和、いや寧ろ現状の地域格差の改善が期待できる。TPPなどでは、都会の会社員では、「(積極的に)支持する」者よりも「どちらかというと支持する」者が多い。一方、地方の第一次産業従事者では、「(強く)反対する」者が多い。だから、数だけで言えば支持する者が多くなるが、支持の度合いを考慮すると微妙な線になる。パブコメでは、「どちらかと言うと支持する(あるいは支持しない)」者は、ほとんどコメントしない。それに対して「(積極的に)支持する(あるいは支持しない)」者は多数コメントを寄せる。これにより支持の度合いを加味した立法が可能となる。また、非常に優れた意見を立法活動に活かすことができる。 確かに課題は多い。憲法に抵触するという意見もあるかもしれない。立法過程が複雑化し、やたら時間が掛かるようになり国民生活に支障が生じる恐れもある。しかし、後者については、対象となる法案を限定するなどして課題の解消は可能と思われる。国会議員は選挙で選ばれた国民の代表だと言われるが、形式的にそうでも、選挙民は議員の政策や思想、経歴、性格、実行力などを十分に考慮したうえで選ぶ訳ではない。政党の選択でも同じだ。そのために必要な情報と時間がなく、現実としてそれは止むを得ない。だから国会議員が集まって決めたことが世論に合致するとは限らない。いや、寧ろ合致することの方が珍しいのではないか。確かに、移ろい易い世論に阿っていては却って国民のためにならないということも少なくないが、民主制の根幹を揺るがせるようなことがあってはならない。立法に世論を反映させる方法として国民投票がしばしば取り上げられる。だが投票は、支持か不支持かだけしか選択肢がなく、「積極的に」又は「消極的に」という支持(又は不支持)の度合いを考慮することができない。その点では投票よりパブコメの方が優れている。国会の立法に対するパブコメ制度の導入について、選挙制度の改正と併せて議論が進むことを期待したい。 了
|