☆ 税の在り方 ☆

井出薫

 膨大な数の製品・サービスと高度で多様な技術が存在する現代社会において、政府なくして安定した社会は存在しない。無政府主義者の理想も、マルクス主義者の「共産主義の発展と共に徐々に死滅していく国家」の構想も、少なくとも現時点では夢想に過ぎない。その政府は私的所有を認める市場経済を採用する限り税金なしには存在しえない。そして、マルクス主義者たちの異論にも拘わらず、現状では、かつ、遠い将来まで私的所有を認める市場経済を続けるしかない。それゆえ税制は国家の根幹をなす。

 現在の日本の税制で大きな疑問を感じるのは、預金や株の利子や配当、譲渡益などの金融所得が、勤労所得と分離課税になっていて、しかも金融所得の方が税率が低いことだ(所得税と住民税合わせて20%、今年末まで暫定税率10%)。勤労所得が少ない者は所得税、住民税を合わせた税率よりも高くなることがあるが、そのときは総合課税を選択することができる。その結果、勤労所得の額に関わりなく、金融所得の方が勤労所得より税率が(等しいか)低くなる。働いて得た収入よりも、不労所得である金融所得の税率の方が低いというのはおかしい。

 こういう反論がある。預金や株などは元々勤労所得から支出して得られたものだ。だから、そこから課税するのは二重課税になる。家族構成と年齢が等しい者が二人いるとしよう。勤労所得は同じ1千万、払った税金も同じ250万。一人は残り全部を消費する。もう1人は550万円消費し200万円預金する。仮に年率1%の利子が付くとして1年間の利子は2万円、そこから源泉分離で4千円が課税徴収される。二番目の人物は最初の人物よりも4千円余分に税金を払わなくてはいけない。これは不公平だと言う訳だ。二番目の人物は消費が少ないから消費税の支払いは少ない。しかし貯金はいずれ消費に回り、そのとき課税されるから、消費税を考慮に入れても二番目の人物は余分に税金を払っていることになる。

 だが、この議論には承服できない。2万円の利子に対して2万円以上の額が税金で徴収される(結果的に預金額が減る)のであれば明らかに不合理だ。しかし、最初から利率が1%でなく0.8%だったと思えば十分に許容できる。しかもそれが嫌なら預金せず、最初の人物のように全て消費に回すか、金やダイヤのように値崩れせず換金しやすい財の購入に充てることもできる。

 親から遺産相続した株が10億円あるとする。それが例えばNTTドコモのような優良企業の株だったとする。配当だけで年間4千万円近くになる。これが勤労所得ならば所得税、住民税合わせて税率50%、2千万円徴収される。ところが株の配当ならば8百万円で済む。働いて4千万得るより、株の配当で同額を得た方が遥かに楽で、しかも税金も安い。これらの事実を考慮すれば、貯蓄や株を購入した者は余分な税金を払っているなどという議論はまやかしに過ぎないことが分かる。親から株を相続した者は相続税を払っていると反論されるかもしれないが、相続した株式の一部を売却すれば相続税を支払うことができ、その残りの株で毎年配当を得ることができる。従って、相続税は、金融所得の低税率を正当化しない。さらに、たとえ勤労所得が金融所得に転化すると認めたとしても、勤労所得が低い者たとえば年収が300万円未満の者には株の購入や預金は困難で、出来たとしても額は小さい。税金には富の再分配という機能があることを考えれば、やはり金融所得の低税率を正当化しない。

 現状の税制では、皆が金融バブルに踊りたくなるのも無理はない。誰だって楽に儲けられて、しかも税金が安いのであれば、そこに行きたくなる。だが、皆がそこに行けば生産者は不在となり社会は崩壊する。それを防ぐためにも税制を変える必要がある。

 一部の政党や論者が主張する通り、金融所得と勤労所得を合算して両方の総額に課税する総合課税に変更するべきだろう。それが私たちの常識的な正義感に適うし、金融バブルの繰り返しを防止する。しかも、おそらく実質的な増税になり税収増にも繋がる。

 確かに、問題がない訳ではない。普通の会社員でも、普通に株や社債や国債を持つ時代になっている。だから、総合課税になると、確定申告しなくてはならない者が大幅に増える。普通預金の利子まで含めると、これまで確定申告が不要だった被雇用者のほとんどが、確定申告が必要になる。そうなると税務署の業務は飛躍的に増える。しかも申告が正しいかを確かめるのは困難で納税者の誠意に任せるしかない。だが多数の銘柄の株を運用している者だと悪意なく申告が漏れることもあるし、故意に誤魔化す者も出てくる。200年以上前に書かれたアダム・スミスの「国富論」でも、徴税に掛かるコストが徴税額を上回るようなことになっていけないと指摘されている。徴税に過大な費用が伴うようだと、正義よりも効率を優先しないといけなくなるときもある。だが、徴税方法を工夫することで切り抜けることができるはずだ。源泉分離を継続し税率を所得税・住民税の最高税率に合わせ、勤労所得の少ない者は申告で還付するという方法もある。なお、他にも異論として、資本が海外に流出し経済へ悪影響を及ぼす、企業年金に悪影響があるなどという声がある。だが資本の流出が本当に起きるかどうかは疑問だし、懸念されるときには特別に対策を打つことができる。また企業年金などは特例措置で対処できる。

 いずれにしろ、検討課題はたくさんあるのは事実だが、総合課税にすることが不可能なほど大きな問題は見当たらない。私たちの正義感を満足させ、折角の金融緩和が、金融バブルを引き起こすだけに終わらないようにするために、金融所得の課税方式の抜本的な見直しを実行するべきだ。


(H25/3/18記)


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