☆ 日本の進むべき道 ☆

井出薫

 「経済制裁などしても苦しくなるのは中国の方だ」と強気な声を街で耳にする。そうは思えない。中国との関係悪化で観光業や航空業界はさっそく大きな打撃を受けている。安価な中国製品の輸入が止まれば高齢者や非正規労働者など経済的に弱い者へのしわ寄せが大きくなる。中国との関係悪化は、政治的にも経済的にも、日本に大きな打撃を与える。

 国の威信、民族の誇り、そういうものに一定の意義があること、安易にそれを放棄すれば大国の言いなりになることは分かっている。しかし、日本は憲法で戦争放棄を宣言し、全ての国際紛争を理性に基づき対話により解決することを基本方針としてきた(それを遵守してきたとは言い難いが)。国内の強硬派に押され尖閣の国有化を断行した野田政権の政策は適切なものだったとは言えない。さらに強硬路線を煽る一部政治家やそれを支持する者たちの考えには尚更同調しがたい。

 81年前、日本は関東軍の謀略による柳条湖事件を機に、坂道を転げ落ちるように軍国路線を突き進み、太平洋戦争、300万人を超える尊い命を犠牲にしての敗戦、連合軍による占領という憂き目を見る。その過程で、敗戦必至の戦争を長引かせることで、沖縄戦、広島と長崎への原爆投下、東京大空襲などで、民間人にも膨大な数の死傷者がでる。さらに中国や朝鮮を中心に海外の人々に甚大なる被害を与えたことは言うまでもない。これに関しては、多くの者が陸軍の暴挙を批判する。確かに陸軍の責任は極めて大きい。しかし柳条湖事件の当時、国内では穏健な立場をとる立憲民政党政権の外交姿勢を弱腰と非難する声が多く、同党の政治家の暗殺が続いたという時代背景があったことを忘れてはならない。そういう状況下で陸軍強硬派が暴走し日本の破滅を招いた。

 私たちはこの教訓を決して忘れてはならない。日本は戦争を放棄しているが、米国と近隣諸国、ロシア、中国、韓国、北朝鮮などは、いずれも国際紛争の解決手段として戦争という手段を発動する権利を保持している。もし米軍が沖縄に駐留していなかったら、米国が尖閣も日米安保の対象であることを明言しなかったら、中国が尖閣に海軍を派遣し、海上自衛隊とにらみ合いになり、局地的ではあれ戦闘状態になった可能性は十分ある。だが、そんな事態になったらその結果がどうあれ日本は致命的な傷を負うことになる。戦争だけではなく、戦争になりかねない事態すら日本は回避しなくてはならない。

 これに対しては、都知事の石原、自民党の安倍や石破など、改憲して軍事力を強化するという立場がある。ごく少数だが核武装すべきだなどという意見すらある。だがこれは愚かな選択だ。国土の広さ、人口分布を考えれば、核戦争になれば日本が敗北することは必定で、全滅することだってありえる。トキのように、外国から日本人の血を持つ者を輸入して、日本人再生運動が起きるかもしれない。何より戦争は多くの人々に不幸をもたらし、一部の軍需産業を除いて誰の得にもならない。

 現行憲法は絶対的なものではなく、時代の変化に従い、改正が必要となることもある。しかし、戦争放棄を核とする平和主義、民主、人権は決して放棄するべきではない。
(注)もちろん、米国だろうと、中国だろうと相手が大国だからと言って、不当な要求には断固たる姿勢を示す必要がある。また、逆に、相手が小国だからと言って高圧的になったり侮ったりすることは許されない。全ての国と人に対し、一貫して公正かつ平和的に振る舞うことが大切で、それが日本への信頼を生み、最大の安全保障になる。


(H24/9/23記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.