井出薫
いつもは繋がる場所で携帯電話が繋がらないという経験をした者は少なくないだろう。携帯電話は無線を使うので、同じ場所で多数の者が通信をしようとすると、繋がらなかったり、メールの送受信に長い時間が掛かったり送受信できなかったりする。電気通信事業者は回線の増強を急いでいるが、スマートフォンなど携帯高機能端末の普及と送受信のデータ量急増に追い付いていない。さらに、行政指導に至ったドコモとKDDIの大規模事故で分かる通り、電気通信事業者の事故が増えておりしかも事故の規模が大きくなっている。その結果、事故の影響で繋がらないことも多くなっている。 これらの問題はそう簡単には解決しない。行政指導や設備投資の追加だけでは俄かには解決し難く時間が掛かる。寧ろ利用者とすれば、当面は、回線容量不足による通信速度の低下や事故による不通などに遭遇する機会が増えると覚悟しておいた方がよい。 一方、これが現実なのに、生活、産業、行政、あらゆる分野で電気通信への依存度が急激に増大している。震災など自然災害、テロなど突発的な社会的事件、そういう肝心なときに、通話できない、データ速度が顕著に低下して使い物にならないという事態が容易に想像される。事実、東日本大震災のときにもそういう事態があちらこちらで発生した。ところが、備えが出来ているとは言えず、不安を感じる。 勿論、電気通信事業者には投資をしっかりして堅固なインフラを構築する義務がある。しかし、通信技術は発電や交通・運輸などと比較して、ソフトウエアに依存するところが大きく、システムはその分遥かに複雑で、事故を減少させることは容易ではない。莫大な投資をすれば通信速度の問題は解決できるかもしれないが、料金への影響が避けられない。また移動体の無線基地局建設はしばしば住民問題を引き起こす。携帯電話の電磁波による健康被害は物理学的・医学的な根拠こそ乏しいものの、健康被害を訴える者が多数いることは事実であり、通信インフラ整備ばかりを急ぐ訳にもいかない。 こういう現実に鑑み、通信を緊急時の有力手段として活用しつつも、通信が使えない事態を想定した対策を取っておくことが必要となる。一つの方法は、複数の事業者のサービスを併用することだが、これはコストが掛かり大企業や一部行政機関を除くと現実的ではない。だとすると通信が使えなくても行動できるように日頃から準備しておくことが不可欠となる。 周囲を見渡すと、携帯が使えなくなったらこの人たちはどうするのだろうか、と心配になることがある。思い起こせば四半世紀前は誰も携帯電話など持っておらず、それでも何とかなっていた(その分、公衆電話がたくさんあったが)。だから、その気になれば、通信なしでも十分に生活できるし、緊急時への対応もできるはずだ。だが日頃から備えておかないといざというときに役立たない。 近頃、緊急時への備えのために防災訓練を実施する企業や行政機関が増えた。それも形式的な訓練ではなく、現実に近い状況を想定したシナリオで実施している。これは非常に良いことだ。ところが、大抵は、通信は使えるという前提で訓練を行っているようにみえる。しかしながら、すでにこの前提が現実的ではない。通信が使えないという条件もシナリオに加えた訓練を実施してもらいたい。また、電気通信事業者はインフラ増強に努めると共に、事故発生時には迅速に周知し、いざというときに繋がらないこともありえることをきちんと広報する義務がある。 了
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