☆ 経済成長は不可欠 ☆

井出薫

 経済成長が幸福に繋がるのか多くの者が疑問を持っている。ブータン国王夫妻の訪日で、ブータンではGNPではなくGNH(総幸福量)が社会の良さの指標となっていると話題になり、多くの者が感銘を受けた。私とて、たとえ経済的に豊かとは言えずとも、全ての者が互いに助け合って、公正で平穏な満ち足りた日々が過ごせるのであれば、GDPなどマクロ経済の指標等どうでもよいと思う。桃源郷は決して物が溢れる世界ではなく、現代人の感覚からすれば寧ろ物が欠如した世界だ。それでも現代社会よりも遥かに好ましいと多くの者が感じるだろう。

 しかし、人口1億2千万強、GDP世界第3位の日本ともなると、そうはいかない。悲しいかな、経済成長を続けないと社会は崩壊に向う。もはや右肩下がりの経済状況に適応していくことは不可能なのだ。

 3千万人の65歳以上の高齢者全員に、月7万円の年金を支給するには、毎月2.1兆円掛かる。年間では25兆円を超える。これを全て税金で賄うことは容易ではない。消費税を充てると野田首相は言うが、10%では足りない。10%を超えることもありえると今更のように主要閣僚から発言が相次いでいるが、そんなことは端から簡単な計算で分かっていたことだ。

 消費税を大幅に上げれば、経済に悪影響が出て、しかも低所得者層の生活を直撃する。低所得者に現金で納税分を還付するという案が出ているが、そうなると増税効果は薄れる。

 経済成長に伴い核家族化が進展した。家族の数が少なくなるほど効率が悪くなり支出が増える。私のような独身者は非効率の極みだ。定年後どれだけのお金が必要かという試算を雑誌などでよく目にするが、そこそこゆとりがある生活をするには夫婦で37万、独身者で25万円必要だと言う。独身者の方が、4割ほど余計に費用が嵩む。それは当然のことで、一人分の食事を作るのと二人分の食事を作るのとで、後者が2倍掛かるということはない。精々2割増しくらいだろう。家賃あるいは持ち家の維持費も同じことになる。独身生活は実に効率が悪い。大家族制で、祖父母、父母、子どもたちが同居していれば、祖父母の生活費を父母が見ることもできないではない。そうなれば年金は不要になる。しかし、だからと言って、今更大家族制に戻ることは難しい。

 要するに、経済成長を続けGDPを大きくして税収を増やすしか問題解決の道はない。長い目でみれば、社会体制の抜本的な改革、人々の価値観の転換などを通じて、隘路から脱却する道が見つかるかもしれない。だが当座は期待できない。

 人類は文明を築き安全と富を得た。文明のお陰で人口もここ数百年で飛躍的に増大した。しかし、それと並行して人々の絆は薄れていった。誰もが(自由であるが)孤独で、貨幣で表現される富を手にすることなしには生きていけない。悲しいかな、これが現実だ。望むと望まざるとに拘わらず、経済大国である日本はこの現実を回避することはできない。

 異論はあっても、そして長期的にみれば別の選択肢が見つかる、いや、見つからないと世界はいつか破綻するとは言っても、今は経済成長を追い求めるしかない。自らの理念がどうであれ、誰もが今はこの現実と向き合う必要がある。


(H24/2/6記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.