☆ 政治家、官僚に期待するもの ☆

井出薫

 震災で、災害対策関連は予算が取りやすいらしい。早速、通信業界を監督する省が、通信事業者支援と称して予算獲得に走った。首尾よく予算獲得に成功したが、発注に必要な仕様書を書くことができない。筆者のところに仕様書作成に協力してほしいとの話しが転がり込んでくる。ところが、根掘り葉掘り五月雨式に質問が来て閉口する。こちらもその方面の専門家ではなく、震災対応で多忙を極める社内の専門家に頭を下げて協力を仰ぐ。しかし、正直、そんなものは国に買ってもらわなくても、事業者の方で必要ならば準備する。いやすでに各社とも全国に配備している。競争が激しいとは言え、市場の大半を占める上位3企業グループの経常利益を合計すると2兆円を超えるこの業界、筆者が勤める会社だけではなく他の事業者もそんなものを国に買ってもらう必要は全くない。「税金の使い道は他にあるのではないか」、「購入してもらっても、わが社がそれを使う機会はない」と嫌みを言ってやったら、「別に、御社に使え!などと言うつもりはない。だが、できれば、そう言わずに使ってほしい」とのご回答。いずれにしろ予算獲得と仕様書作成・発注で彼の成績は大いに上がり前途洋々というところなのだろう。気楽で羨ましい。まあ前途洋々ではないが、気楽であることはこちらも似たようなものなのだが。

 こちらが一段落ついたら、次は税制改正ときた。事業者の方から要望を出している訳でもないのに、ご親切に「税制優遇措置を財務省と交渉して遣るから情報を出せ」とのお達し。またしても、纏めて質問してくれれば良いものを、省の各担当者が別々に日ごろ付き合いのある社内の関係各部門の担当者に質問を五月雨式によこしてくるから、堪ったものではない。回答を揃えるために余計な会議を何度も開催する羽目になる。若い社員は会社のためだと張り切り回答書を作成しているが、公的年金が心配な高齢者としては企業の優遇税制のしわ寄せが年金に来るのではないかと気が気ではない。

 おそらく他の省庁でも同じようなことをしているに違いない。どうして我が国ではこんなに財政赤字が膨らむのかがよく分かった。余計な出費をして、無用な税制優遇制度をこしらえていたら、幾らお金があっても足らず、財政赤字は必至となる。

 「本当にこれで良いと考えているのか」と若い官僚に尋ねてみた。最初、言葉を濁したが、「確かに井出さんの言うことは分かる。だが自分の力では何ともならない」と彼は答えた。おかしいと思っているのだ。当然だろう。超有名大学を優秀な成績で卒業した秀才だ。分からないはずがない。しかし、そういう若い官僚の知性と志を押し潰してしまうのが、過去から現在へ連綿と続く官僚機構という怪物だ。やがて彼もまたその一員として回収され、無用な試みを当り前のことと思い何の疑いもなく行動するようになってしまうのだろう。もったいないことだ。

 こういう現実にメスを入れ、改革を推進することを私たちは民主党に期待した。とことんおかしなことを改め、無駄な支出や不要な税制優遇を廃止する、これが民主党の使命だった。ところが改革を推進することなく、財務省の言いなりに消費税増税を言い出したのが現首相の菅だ。首相は、自分は国民のために一生懸命に働いているのに評価してくれないとぼやいているらしいが、状況が全く理解できていない。改革を進めて、それでも足りないことがはっきりした時点で、増税の必要性を人々に訴えるべきだったのだ。多くの市民は、巨額の財政赤字、少子高齢化などに鑑み、いずれ増税は避け難いということは覚悟していた。ただ、そこに至るプロセスが肝心だったのだ。あっさりと消費税増税に舵を切るのであれば、何も民主党に政権交代する必要はなく、麻生政権を続けて景気が回復した時点で増税すれば良かった。その方が政治も経済も安定して、ずっと良かっただろう。

 官僚は悪人ではない。特に若い官僚は頭がよく、志しも高い。しかし、伝統的な官僚機構がその有能な人材が力を発揮する機会を奪っている。この悪しき循環を断ち、有能な若き人材が力を奮って市民のためになる仕事ができる環境を整備することこそが政治家の仕事なのだ。無駄な支出がないか目を光らせ、監督対象の企業に余計な優遇措置をしていないかチェックする。そして、そういう無駄なことを止めさせ、市民が安心して暮らせる社会を作るために不可欠なことに精力を傾注させる。これが選挙で選ばれた政治家に期待されていることなのだ。そして、政治家がその志しの下で仕事をしていれば安易に消費税増税など口にはできなかったはずだ。

 政治家にはこのことをしっかりと認識してもらいたい。人々は、単なるパフォーマンスにはもう飽き飽きしており、実質を求めている。

 若き官僚諸君にも言いたい。自分の力ではどうにもできないなどと弱音を吐くことなく、正論を堂々と上司に進言する気概を持ってほしい。そうするのであれば、微力ながら当方も全力でそれを支援する覚悟はある。


(H23/8/7記)


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