☆ 世界一だけでは駄目 ☆

井出薫

 少し前の話しになるが、スーパーコンピュータで日本が世界一を奪回したと報じられていた。スーパーコンピュータの予算は妥当だと文部科学省や学者など関係者は言いたいだろうが、そう簡単にはいかない。

 世界一の記録などすぐに破られる。これまでもそうだったし、この先もそうだ。常にトップを走り続けるには膨大な予算が必要となる。オリンピックではあるまいし、そもそも1番であることにさほどの意味はない。

 科学研究にスーパーコンピュータが必要であることは認める。地震の解析などでも威力を発揮する。日本が高い科学技術力を維持するためにもスーパーコンピュータが必要であることは間違いない。しかし問題は日本で開発する必要があるのかという点だ。この一番大切な点がまともに議論されていない。処理速度が1番か2番かなどということは瑣末な問題でしかない。高度な科学技術で経済と福祉を維持している国は日本だけではなく、EU加盟国の多くが席を並べている。韓国、シンガポールなども同じだ。しかしEU諸国はスーパーコンピュータの開発はせず、アメリカから調達している。将来は中国からも調達することになるだろう。では、日本はなぜEU諸国のように外国から調達するのではなく、自国で開発しなくてはならないのだろう。

 色々と理屈は付けられる。自由に研究するためには自前のスーパーコンピュータが必要だ、技術力を世界にPRするためにも世界一のスーパーコンピュータが必要だ、子どもたちの理科離れを防ぐために役立つ、などなど。しかしいずれも決定的な理由にはならない。EU諸国でも同じことが言えるからだ。

 結局、スーパーコンピュータへの拘りは国威発揚ということに過ぎない。そもそもアメリカや中国が力を入れるのも、自分たちこそ世界一と誇りたいためだという面が強い。スーパーコンピュータが核実験のシミュレーションに力を発揮するというのも理由の一つかもしれない。しかし日本は核兵器を持つことはないのだから、この点ではスーパーコンピュータは要らない。

 「お前の言っていることは素人考えだ」と批判されることは分かっている。しかし、学者たちがスーパーコンピュータ開発の意義を広く市民に伝え討議を行ってこなかったことを忘れてもらっては困る。「何も知らない素人は口を出すな」と言わんばかりの態度で、科学技術を聖域化し象牙の塔に籠り、役にも立たないものを作り出してきたことを反省するべきだ。第5世代コンピュータ、高速増殖炉、高温超電導、莫大な予算を使い、何が残ったのか。「実用化は難しい」という教訓だけではないか。

 科学技術が重要であることは勿論認める。私だってかつては立派な科学者になることを夢みた理系人間だ。そんなことは十分すぎるくらいわかっている。しかし、厖大な財政赤字、少子高齢化の急速な進展、発展途上国の躍進に伴う日本企業の国際競争力の相対的低下などに鑑みるとき、「科学の進歩」、「世界一の技術」という錦の御旗だけでは研究費の正当化はできない。科学者が、学者仲間や学生、役人、政治家、メディアを相手にしているだけで事足りた時代は過ぎた。これからは、素人である市民との対話を避けることはできない。学者先生には、このことを肝に銘じて頂きたい。


(H23/7/2記)


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