☆ 日本社会の課題 ☆

井出薫

 大震災に見舞われ肉親を失い、家を失いながらも、秩序を保ち冷静に行動した東北など被災地の人々は世界の賞賛を浴びた。和を尊び、私利を抑制し、団結して行動することは日本社会の優れた特性だと言ってよい。

 しかし、何事にも表と裏がある。この日本社会の特性が政治家の暴走を許している。国情の違いが大きいとは言え、中東の民主化運動、反原発運動で政府の脱原発政策を引き出したドイツ、諸外国では市民運動が政治を動かしている。ところが日本では市民が政治を動かすことがほとんどない。小泉退陣後、安部、福田、麻生、鳩山、菅と毎年首相が交代してきたが、市民の力ではなく政局で全てが決まっている。世論調査や選挙で、「支持しない」と答える、「対立候補の名前」を投票用紙に記入するだけで、生活者としての一般市民が団結し政府に圧力を掛けるという局面はない。だから、政治家は被災者や市民生活をそっちのけで、権益を巡って抗争に明け暮れる。

 市民の多数意見が常に正しいとは限らない。市民のために、政治家や官僚が、市民の意向に反した決断をしなくてはならないことも多々ある。だが、市民が選挙や世論調査のときだけではなく、広く、国政や自治体行政に関与し、時には団結してその制度や決定を覆すことができるようにならない限り、現状の改善は期待できない。また政治に積極的に関与することで初めて市民の判断はより正確で公平なものとなる。

 日本はそれほど悪い国ではない。不景気だが経済破綻には至っていないし、秩序も保たれている。平和で戦争の脅威に晒されることもない。だがこの状態はいつまでも続かない。少子高齢化で、世代間の対立は先鋭化し、格差も拡大していく。年金や健康保険の原資はいずれ底をつく。家電製品やICTの市場での退潮に象徴される日本企業の国際競争力の低下は甚だしい。原発事故で「日本=高い技術力」という神話は終焉した。今のところは中国など成長が目覚ましいアジア市場の需要拡大で仕事が回ってくるから何とか凌いでいるが、グローバルな市場から日本企業が退場する日は遠くない。国際競争をしている企業を支援するためには税制上の優遇や補助金の拠出などが有効だが、財政悪化を助長し、市民への増税とのバランスを考えると公平性にも欠ける。中国の台頭で国際政治の力学は大きく変わりつつあり、日本の外交は難しさを増す。日本の未来には難題が山積している。

 市民、政治家、官僚、そして企業やメディアが、対等な立場で継続的に対話し、時には厳しく対立しそれを克服することを通じてより高い水準へと昇華する、こういう過程を実現しないと日本の未来は厳しい。日本人の辛抱強さと日本社会の規律の高さは確かに賞賛に値する。しかし、それだけでは不十分で、我慢せず、政財界さらにはメディアの権力に抵抗し、団結してそれを覆すだけの力を市民が身につけるべきときが遣ってきている。


(H23/6/5記)


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