井出薫
震災を受けて、「日本は強い、負けない」、「頑張ろう日本」、「皆が力を合わせて必ず復興する」、「団結力が日本の強み」、こういう掛け声が巷に溢れている。善いことだ。不幸に遭遇したとき、悲観や絶望は絶対に禁物で、自分たちの力と未来を信じ、団結し困難に立ち向かうことが不可欠だ。さもないと不幸の前に心が折れてしまう。 だが、その一方で、被災せず大きな影響を受けていない者は、日本の弱さを点検し認識する必要がある。 被災者支援や復興には巨額な財政出動が欠かせない。善意や民活だけでは十分な支援や復興はできない。だが巨額の財政赤字が足枷になっている。早速、減税の先送りと増税が検討されている。しかし、原発事故もあり、一部の業界を除けば震災が経済に悪影響を及ぼすことは避けられない。経済の活性化が復興を後押しすることを考えれば、増税ではなく寧ろ大規模な減税措置が求められる。だが今の財政状況では難しい。財政出動と同時に、巨額の財政赤字が如何に日本社会に暗い影を落としているかよく認識する必要がある。ギリシャのように外国人が国債を買っている訳ではないから大丈夫という楽観論もあるが、赤字国債という不良債権に巨額な資金が投じられている現状は経済的に不合理で、経済の先行きに、災害など緊急時の備えに悪影響を与えている。巨額の財政赤字は日本の大きな弱点であり、震災復興に目途が付いたら、可及的速やかに改善へ取り組む必要がある。 福島原発事故では、日本の科学技術力に疑問符が付けられ、安全管理の杜撰さが露呈した。日本の科学技術、日本の安全管理は優秀という神話は脆くも崩れ去った。米国、フランス、ドイツなどの先進国やIAEA(国際原子力委員会)などの先端技術を借り、米軍の大規模な支援なしには、事故の後始末もできない。作業員に線量計を所持させずに作業をさせるという健康被害への配慮の欠如、実際に発生した被爆事故、杜撰な安全管理は東電に限られた話しではない。経営合理化の名の下に、正社員を非正規社員に切り替え、景気が悪化するとすぐに派遣切りをするような企業体質が蔓延している現状では、表面化しないだけで東電以外の企業でも同じことが起きていると容易に想像ができる。今や、日本の科学技術、安全管理は、世界標準よりもずっと下にあると肝に銘じるべきだ。 欧米列強の圧力の前に不平等条約締結を余儀なくされた明治時代、昭和20年の敗戦、2度の危機を日本は自分たちの弱さを認識し、先進国の科学技術や合理的な社会運営の仕組みを懸命に学ぶことで乗り越えてきた。文化大革命当時の中国は経済的には貧しくとも人民大衆が主人公の真の共産主義実現に向けて世界の最先端を走っていると自負していた。しかし70年代の終わりからケ小平が実権を掌握すると中国の人々は自分たちが遅れていることを理解し謙虚に先進国から学ぶようになった。それが中国に急成長をもたらした。自分の強さを信じることは大切だが、より大事なことは自分の弱さを知ることだ。特に、新しい時代を切り開くため、不幸から立ち直るためには、自分の弱さを知り、他国から学ぶ謙虚さが何よりも大事になる。弱さを認める強さ、無知を知る賢明さ、これが求められている。 現在の日本は、歴史的に見て、明らかに下降期にある。今のまま手を拱いていると、「かつてのアジア一番の経済大国も今は見る影もない」と世界から評される日がそう遠くない将来訪れる。それを回避するには、日本の弱さ、不足しているもの、改善すべき点を知ることが欠かせない。今回の震災をそのよい機会と捉え、謙虚に、日本の弱さと遅れを認め、頭を下げて世界から教えを請い、それを震災復興、日本の未来へと繋げていきたい。そして、それを実行する力と謙虚さが日本にはあると信じてよい。 了
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