井出薫
9月29日夕刻福島で震度4の地震が発生、携帯電話の警報音で驚いた人が少なくなかった。これは気象庁が震度5弱以上の地震が推測される揺れを観測したときに震源近くの都道府県の在圏者の携帯電話に緊急地震速報を送るシステムの作動によって起きた。実際は震度4で被害はほとんどなく、10数分間、回線が混雑して電話が繋がりにくくなるという副作用が出ただけに終わった。「大山鳴動して鼠一匹」の口だったわけだが、そのことを非難するつもりはない。震度4だったからこういう結果に終わったが、震度6強だったら携帯電話の緊急地震速報のお陰で助かったという人が居たはずだ。 携帯電話の普及に着目して、緊急地震速報だけではなく、災害対策用の道具として広く携帯電話を活用する計画が国と地方並びに携帯電話会社で進められている。国民の8割が携帯電話を所持している現代、携帯電話の活用を考えるのは当然だろう。 だが携帯電話を災害対策用の道具として使うには多くの課題がある。8割が所持すると言っても、所持していない者もいる。所持していても常時携帯しているとは限らない。しかも流通している携帯電話の全てが緊急地震速報を受信する機能を具備している訳ではない。さらに機能を具備していても通話中は受信できない。緊急地震速報は音声通話と回線を共用するショートメッセージ(ドコモとソフトバンクモバイルのSMS、auのCメールなど)を使用するため、通話中はセンター側からデータを送信できないからだ。 こういう状況において、震度6強の地震が襲い緊急地震速報が携帯に送られたとすると何が起きるだろう。家の中に居る受信者は机の下に身を隠すなど安全措置を取ることができるから良い。しかし外で緊急地震速報の警報音が鳴ったら人々はどのように行動するだろう。突然慌てだす者と、それを見て不審に思う者、人々はばらばらの行動を取ることになる。これでは下手をすると却ってパニックを拡大しかねない。緊急地震速報の有効性と同様に危険性の検証が欠かせない。 さらに携帯電話に災害時の避難勧告などの情報を送るという構想があるが、これは危険な試みだと言わなくてはならない。なぜなら勧告が届いたかどうかの確認ができないし、勧告でパニックになる者、パニックに陥った者を目の当たりにしてパニックになる者など、負の連鎖で無用の大パニックになる危険性が否定できないからだ。さらに避難誘導を携帯で行うなどという構想もあるらしいが、さすがにこれは無謀な試みだ。余震による建造物や電柱などの倒壊の危険がある中、避難途中で携帯など見ていたら危険極まりない。寧ろ避難中は携帯の電源は切った方が安全だ。 しかも携帯の利用を促進しようという背景には、国、地方ともに行政が巨額の財政赤字を抱えているという事情がある。携帯電話などを使わずとも、市中の至るところ、さらには各家屋に警報発令装置を配備すれば、携帯電話に情報を送る必要はない。しかし、そのための金がない。だから携帯電話を使えないかということになる。しかし、それでは度を過ぎると行政の責任放棄になる。特に避難誘導は、携帯電話などではなく、行政の担当官と各地域や組織の防災責任者などがしっかりと行わないといけない。 いずれにしろ、携帯電話では全員に通報はできないこと、情報をきちんと受信したかどうか確認ができないこと、避難中など携帯電話を使用することが危険な場合があることなど、携帯電話は決して万能な道具ではなく補助的な手段の一つでしかないことを弁える必要がある。勿論、災害時の携帯電話の有用性を否定するつもりはない。避難所から携帯電話会社が提供する災害用伝言版を使用して安否情報を送る、行政が警報装置を設置することが困難な場所で携帯を情報連絡に使う、GPS機能を使って行方不明者を探す、など有効な利用法はたくさんある。ただ災害時の警報発令、避難勧告・指示、避難誘導などは行政の責任において行うべきことであり、やたら携帯電話に頼るべきではない。そのことだけはしっかりと確認しておきたい。 了
|