井出薫
各地の病院で多剤耐性菌が猛威を奮っている。病院の管理体制の早急なる検証と改善が求められるのは当然のことだが、抜本的な対策のためには多剤耐性菌の出現を抑制するという難問を解決することが欠かせない。 抗菌剤開発と耐性菌の出現は、長期に亘り、いたちごっこが続いている。しかも、このところ人間の分が悪い。画期的な新抗菌剤はこのところ登場していない。その間に多剤耐性菌がどんどん増えている。監視体制を強化するにしても限界がある。相手は目に見えずどこに潜んでいるか分からない。この目に見えない強敵にどう立ち向かえばよいのだろう。 抗菌剤の使用は近年かなり制限されている。とは言え、人々の抗菌剤神話は依然として根強い。ウィルス感染による風邪など抗菌剤が無効な病気でも、患者の求めに応じて抗菌剤が処方されることがある。確かに高齢者や重病患者は軽いウィルス感染の風邪でも、二次感染で肺炎を引き起こす危険性があるから予防的措置として抗菌剤を使う意味はある。またウィルス感染か細菌感染かを普通の医院で検査することはできない。検査できる大病院に患者が押し寄せたら医療現場が崩壊する。そうなると、勢い、細菌感染の可能性もあると想定して抗菌剤処方ということにもなる。誰もが自分の命は大事だから安全策を求めたくなるし、医師も患者の気持ちを尊重したい。こういう現実を考えると、抗菌剤の使用を徹底的に制限することは現実的には難しい。 耐性菌を生じないような画期的な新薬は期待できない。あらゆる病原菌を確実に死滅させるような薬は人間にとっても極めて有害な物質となる。人に害を与えずにあらゆる病原菌を殺すという訳にはいかない。免疫力の強化が容易にできれば一番良いのだが、高齢者や重病患者では限界がある。全ての耐性菌に対してワクチンを作ることはできないしワクチンも万能ではない。 そこで期待したいのは、多剤耐性菌を抗菌剤が効く普通の菌に戻す技術の開発だ。多剤耐性菌が最初からこの世に栄えていた訳ではない。抗菌剤が普及するにつれて、耐性のない菌が環境から排除され、生き残った耐性菌がニッチを独占することになった。だが耐性菌にも弱点がある。耐性能力を発揮するためには、非耐性菌と比べて余分な遺伝子を持つ必要があり、抗菌剤が存在しない環境では耐性菌は生存競争で寧ろ不利な地位にある。だから抗菌剤が存在しない環境が一定期間続くと再び非耐性菌が多数を占めることもある。つまり非耐性菌から耐性菌への移行は決して不可逆ではない。それゆえ抗菌剤を(慎重に)使用しながら、耐性菌の増殖を防ぎ、耐性菌が優位な環境から非耐性菌が優位な環境を復元することは決して不可能ではないと思われる。勿論容易ではないことは分かっている。しかし多剤耐性菌の広がりを封じるには他に方法はないように思われる。 了
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