井出薫
北朝鮮とどう向き合うか難しい問題だ。北朝鮮の魚雷による韓国哨戒艦撃沈事件を受けて韓国と米国は制裁措置を発動することを求めている。日本も同調せざるをえない。事実関係に疑義がない訳ではないが、拉致や大韓航空爆破事件など過去の出来事を、そして米韓日の当局がでっち上げをしても何の得にもならないことを考えると、北朝鮮の反論には説得力がない。 米韓そして日本は中国に働きかけて北朝鮮制裁に同調するように求めているが、中国は乗り気ではない。日本のメディアは総じて中国の姿勢に批判的だが、事はそれほど単純ではない。もし中国が米韓日に同調して北朝鮮に制裁を加えたとしたらどうなるだろう。孤立した北朝鮮が冒険主義的な行動に出る危険性が本当にないと言い切れるのか。 現在の北朝鮮には、中国やロシアの支援なしには38度線を超えて南に進軍するだけの力は経済的にも軍事的にもない。中国は北朝鮮寄りだが戦争を容認することはない。ロシアはもはや北朝鮮に大した興味を持っていない。それ故、戦争は北朝鮮にとって自殺行為になる。それは北朝鮮自身が分かっている。だから普通に考えれば、制裁を加えることで、北朝鮮の態度を変えさせることができるという理屈になるが、本当にそうだろうか。 戦前の日本が米国と戦争をすることは自殺行為であることは日本国内でも多くの者が認識していた。米国も圧力を掛けることで日本を屈服させることができると信じた。ところが日本はもはや戦争しか事態を打開する手段はないと判断して戦争を始めた。第一次世界大戦のドイツにも同じようなことが当て嵌まる。日本も第一次世界大戦前のドイツも、第二次世界大戦のヒットラーのように端から戦争の準備をし、戦争を始めたのではない。戦争を回避したかったが、結局戦争に突入してしまったのだ。現在の北朝鮮は、当時のドイツや日本よりも劣勢だ。常識的に考えれば戦争という手段に訴える可能性はない。しかし中国にも見放されたとき果たした北朝鮮の現政権がどのような手段に打って出るかは予想が付かない。 朝鮮半島に戦争が起きれば、東アジアのみならずアジア全体の平和に多大な悪影響をもたらす。平和な世界を前提として貿易で経済を支えている日本経済は、50年代の朝鮮戦争時とは正反対に壊滅的な打撃を受ける。何としても北朝鮮の過激な行動を阻止しなくてはならない。そのためには中国に強く出ろと迫るのは得策とは言い難い。中国に促された北朝鮮が六カ国協議の場に復帰し、そこで軍国路線からの転換を迫った方が賢明だ。ただ、それでは韓国内の強硬派が納得しない。そこをどうするかが課題となる。 日本は拉致問題で北朝鮮が譲歩し拉致を認めたにも拘わらず、経済制裁という強硬路線を打ち出し、外交交渉の道を自ら断ってしまった。確かに、強硬路線ではなく対話路線を採用し、国交正常化、経済援助を進めていたとしても、拉致問題の解決、北朝鮮の平和路線への転換を促すことができたとは考え難い。それどころか核兵器開発の資金提供に終わっていた可能性もある。だが強硬路線が功を奏しなかったことを忘れてはならない。日本は、(そのこと自体は理解できるが)強硬姿勢を示す韓国やそれを支持する米国に安易に同調することなく冷静な判断をすることが求められている。 了
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