☆ 文殊の知恵? ☆

井出薫

 高速増殖炉「もんじゅ」が運転再開した。だが実用化の時期は2050年頃だと言う。気の長い話で残念ながら筆者は生きてその日を迎えることはできそうもない。いや医学の進歩と筆者の精進で2050年も息をしている可能性もあるが、高速増殖炉が実用化しているかどうか疑わしい。当初、高速増殖炉の実用化は前世紀の70年代と言われていた。それと比較すれば1世紀近く遅れている。この先も技術的な難題が立ち塞がり、更に実用化が先延ばしになる可能性は高い。

 核融合反応の過程で生じる新たなプルトニウムを再利用する高速増殖炉は資源問題を一挙に解決すると期待されている。しかし運転費用が通常の原子力発電所より高く付き、需要増に伴うウラニウム燃料の価格高騰を考慮に入れても、経済的なメリットがあるかどうか疑問がある。実際イギリスなど開発から撤退した国もある。さらに安全性の確保、プルトニウムの管理など実用化には純粋な技術的課題だけではなく周辺領域に課題が山積している。

 高速増殖炉より遥かに大きな期待を集めている技術が核融合発電だ。高速増殖炉と言っても自力で無尽蔵に資源を生み出す訳ではなく、最初にウラン燃料が必要であることに変わりはないし、増殖したプルトニウムを再利用するにしてもいずれは枯渇するから、ウラニウム燃料の追加が適宜必要となる。それに引き換え、核融合炉は重水があればよく資源的には無尽蔵だと言ってよく、核融合反応の過程で放射性物質が生成されず放射能汚染の心配もない。高速増殖炉などに税金を投入するくらいならば核融合発電開発に力を注いだ方がよいと考える者もいる。

 ところがどっこいそうはいかない。核融合は高速増殖炉よりも更に実現が難しい。技術的な課題も遥かに多く存在する。だから単独では開発が不可能で、多くの国が資金提供、技術提供をして共同で実験炉ITER(国際熱核融合実験炉)の建設が進められている。一時期は青森県がITERの建設候補地として有力と言われていたが、欧州連合の前に敗れた。しかし、この敗北は長期的にみれば日本にとって悪い知らせではなかった。何故なら高速増殖炉ですら実用化の可能性が低いのに、核融合炉の実用化の可能性があるとは思えないからだ。高速増殖炉開発に日本だけではなく中国やインドなども乗り出しているのは、核融合発電実用化の見込みが薄いからという面もある。しかも正確に言うと核融合も資源的に無尽蔵という訳ではない。確かに重水だけで核融合ができれば問題はないが、実際は重水素(陽子1個に中性子1個から構成される)2個を核融合させてヘリウムを作り出すことは極めて困難で、代わりに重水素と3重水素(陽子1個に中性子2個)を融合させてヘリウムを作り出す方法が現実的と考えられている。しかし3重水素は重水素と異なり自然界にはほとんど存在せず、3重水素を作り出すためにリチウムが必要となる。しかしリチウムは希少資源であり、いくら重水素が無尽蔵でもリチウムが資源量の限界、コストの限界を決めてしまう。つまり核融合発電が実現すれば資源問題は解決するというのは事実に反する。しかも核融合では放射性物質が生じないからクリーンなエネルギーだと言われるが、実際は核融合反応の過程で放射性物質が全く生じない訳ではなく完全にクリーンとは言えない。

 結局資源問題を解決する万能の処方箋は存在しない。高速増殖炉も核融合も画期的な技術革新により実用化できる可能性がない訳ではない。しかし、それは極めて難しいというのが現実だ。しかも実用化しても経済的にペイするかどうか疑わしく、安全性も万全ではない。

 人間の力には限界がある。水力発電、火力発電は、高所からの水の落下、火という私たちが暮らす自然界にごく普通に存在する力を利用している。だから、建設に膨大な資源と工期と労力を要するとは言え実現が可能だった。地中のマントルなど地球内部の運動は放射性物質の核分裂で維持されている。だから核分裂は決して稀な現象ではないのだが、単位面積・単位時間あたりに換算すればその量はごく微量で直接発電には役立たない。だから原子力発電には水力や火力とは比較にならないほどの大仕掛けが必要となる。況や核融合は遥かに敷居が高い。地球に生命が存在するのは太陽エネルギーのお陰で、太陽エネルギーの源泉は核融合だとは言え、地球上では核融合は自然界ではほとんど生じていない。だから核融合発電を実用化するには原子力発電よりも更に大仕掛けが必要となる。

 人間は科学技術を発展させ産業を飛躍的に拡大させた。しかし人間は地球に暮らす普通の生物で、その身の丈に合った技術しか利用できない。地球のマントル内や太陽で暮らすことができない人間には、高速増殖炉や核融合は別世界の話しだと悟った方がよい。

 「3人集まれば文殊の知恵」という言葉がある。しかし、こと発電に関しては3人、いやもっとたくさんの専門家が集まっても、資源の制約がなく安全性にも問題がない画期的な発明は期待できない。結局、火力、水力、太陽光、太陽熱、風力、地熱、バイオ、原子力、その他さまざまな技術を組み合わせて、生活と産業の需要に対処していかなくてはならない。電気の消費量を減らす工夫も勿論不可欠だ。「もんじゅ」という名前は皮肉に聞こえる。「文殊の知恵」は高速増殖炉に未来はないと教えているように思えるからだ。


(H22/5/8記)


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