井出薫
外交は難しい。民主制国家では対外交渉だけではなく国内のコンセンサスが欠かせない。 北朝鮮が拉致を認めたのが8年前、その直後5名が帰国して以来進展がない。当時の小泉政権と北朝鮮の事前交渉では、拉致の事実を認め拉致被害者の帰国を実現する代わりに、国交正常化と経済援助が約束されていたはずだ。ところが国内世論は北朝鮮への制裁一色になる。拉致被害者の家族会が強硬路線を主張したことがそれに輪を掛けた。結果的に、政府は方針転換を余儀なくされる。北朝鮮はそれ以降、交渉のテーブルに付くことはなく、拉致問題は店晒しになり、その一方で核兵器開発を進め瀬戸際外交へと転じることになる。 国内世論に配慮した結果、拉致問題は解決せず、経済制裁を実施したことで北朝鮮の核開発問題でも介入する手立てを失った。あのとき国交正常化し経済交流を進めていれば、北朝鮮問題において日本は国際社会でより大きな発言力を持ち、拉致問題にも進展があっただろう。強硬路線に走る世論を政府が説得できなかったことが今日の袋小路を招いた。 基地移設問題では、対米交渉に先行して県外移設の国内世論が盛り上がったことが交渉難航に結び付いている。短期間での解決を目指すのではなく、日米安保の抜本的な見直しを視野に入れ粘り強く米国と交渉し日本全国の米軍基地縮小・国外移設することが不可欠なのだが、沖縄県外移設の流れが決定的となっている国内世論が時間を与えてくれない。しかも選挙が迫っているために与党内でも解決を急ごうとする。しかし米国は容易なことでは県外移設に同意しないだろうから決着は容易ではない。徳之島が移設先として浮上しているが、たとえ徳之島でコンセンサスが出来ても、沖縄が蒙ってきた被害を徳之島に押し付けるだけで抜本的な解決にはならない。 国内世論が外交の合理性と合致すればよいのだが、総じて言えば、そう上手くいかない。日露戦争のときも勝利に酔った国内世論は好戦的になり、合理的で慎重派の政治家は糾弾された。北朝鮮問題や基地移設問題でも似たようなところがある。それでも秘密裏に外交を遂行する時代は過ぎた。公表することで纏まる話しも纏まらなくなることはある。しかし、これからの時代は、国内のコンセンサスと外交交渉を可能な限り一致させていくことが欠かせない。勿論一致すればよいというものではない。一致して、戦争だとか、核兵器開発だとかになったのでは元も子もない。その意味で、外交官など専門家、知識人、言論人たちが合理的な観点から課題を分析し、妥当な案を提言し、それを国家と世論の双方が考慮に入れる仕組みが必要だ。元よりもそれは簡単なことではない。そんなことが出来るくらいならば誰も苦労はしないという声が聞こえてくる。それでも他に方法はない。日本は外交において戦争という手段を永遠に放棄した。それは掛け値なしで世界に誇ることができる日本の素晴らしい選択だ。しかしその分日本の外交が制約されていることも否めない。だからこそ国内が一致団結することが欠かせないのだ。 了
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