☆ 所得制限は疑問 ☆

井出薫

 こども手当に所得制限を設けるという案が浮上している。定額給付金でも所得制限が議論された。一般論的には高額所得者や資産家にこども手当を出す必要はない。しかし、現実問題として線引きが難しい。

 たとえば10億円で線引きすると該当者が少なく、所得調査などに掛かる徴税コストをを考えると財政的効果(支出の削減効果)が薄く、却って赤字になる可能性もある。公平性の確保という観点からすれば容認されるかもしれないが、財政が苦しい現状ではこんな高い水準で線引きすることの意義は薄い。一方、800万円で線引きすると、源泉徴収で所得の透明性が高い会社員は、自営業者やサイドビジネスで稼げるジャーナリストや大学教授などと比べて損する可能性が高く、却って不公平が増大する。そうなると3千万から1億くらいが線引きの基準となる。この範囲であれば公平性という観点からは問題は少ない。

 しかし、次に手当額をどう算定するかが問題となる。たとえば5千万を境界として、それ以上の者には手当てを出さない、それ以下の者には月2万6千円の手当てを出すとすると、年収5千万の者は年収4999万円の者よりも実所得が少なくなる。これは理屈に合わないから、所得の増加と並行して支給額を減らし5千万円で均衡するように設定することが必要になる。だが、その場合、所得を正確に把握することが不可欠であり、しかも手当額の計算が面倒になり徴税コストが増大する。しかも、こういう支給制度を作ると、脱税とまではいかないとしても節税へのインセンティブが高まり、税収減を引き起こす可能性がある。5千万円もの年収があれば月2万6千円くらいに拘ることはないと思えるかもしれないが、そうとは限らない。金持ちほどケチだとも言われるし、ケチだからこそ金持ちになれるという面もある。5千万以上の所得がある者は鷹揚であるという保証はどこにもない。

 さらに、所得だけで線引きしてよいのかという問題がある。年収が5千万円でも、借金を抱えていたり、家族に病人がいたりして、けっして生活が楽ではない者もいる。逆に年収は少ないが、莫大な財産を持ち、豪勢な暮らしをしている者もいる。所得だけでは各世帯の実質的な富裕度を測ることはできない。先に3千万から1億くらいのところで線引きすれば公平性の点で問題は少ないと述べたが、実際はそうとも言い切れない。

 それゆえ、所得制限を設けるのであれば、所得税、資産税など税負担、所得控除、補助金など税制全体に配慮して適切な制度設計をする必要がある。しかし、当然のことながら、容易なことではない。

 こうして考えていくと、こども手当に所得制限を設けるのは賢明な施策ではないことが分かる。寧ろ、高額所得者や資産家が、受け取ったこども手当を自分の家族のために使うのではなく、親のない子や貧しい家の子の支援に使い、さらには恵まれないこどもたちのために社会奉仕活動に精を出すような文化を育む方が賢い選択になる。もちろん、これは容易なことではない。しかし巨額の財政赤字と高齢化社会の到来を考えると、日本人がいつまでも福祉は行政の仕事だという考えでいたら日本の社会は持たない。金持ちにも支給される所得制限なしのこども手当制度創設を良い機会と捉え、市民が互いに支え合い、自分たちの社会は自分たちの手で守るという文化を生み出す出発点にしていきたい。


(H21/12/18記)


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