井出薫
温室効果ガス排出量削減交渉を巡って日欧と発展途上国が対立している。日欧は米国だけではなく中国を始めとする発展途上国の削減目標設定・義務化が欠かせないと主張し、発展途上国(中国、ブラジルを含む)は拒否している。しかし、途上国への削減義務付けは困難で、又、たとえ途上国側が譲歩し義務付けに同意しても、1997年の京都議定書の目標値を日本が実現できなかったように目標実現の可能性は極めて低い。第一段階としては米国の参加を求め日米欧で削減を推進するのが現実的な選択だ。 報道を見ていると、地球温暖化が国際社会最大の課題であるかのように聞こえてくるが、正しくない。地球温暖化が長期的にみて深刻な問題であることは否定できないが、喫緊の課題は平和の実現、貧困の撲滅、世界全ての人が適切な医療・教育・福祉を受けられる環境の確立などであり、地球温暖化対策の優先順位は低い。しかも、環境問題は、地球温暖化だけではなく、開発に伴う生物種の絶滅、様々な有害物質の排出など多岐に亘っている。 地球温暖化についての誤解も多い。現時点で確実に分かっていることは次の3つに過ぎない。 @大気中の二酸化炭素濃度が増大している。 A二酸化炭素増大は人類の活動により生じている。 B二酸化炭素増大と平均気温上昇との間には正の相関関係が認められる。 ところが、このほかに次のことも科学的に立証された確実な真実だと論じられることが少なくない。 C現状のまま推移すれば、100年以内に大気中の二酸化炭素濃度は現在(380ppm)より200ppm以上上昇し、平均気温は2度以上上昇する。 D平均気温が2度以上上昇すると地球生態系と人類文明は壊滅的打撃を受ける。 しかしCとDについては現時点では憶測の域を超えていない。ただ200ppmよりも低い数値に留まる可能性がある一方でこれを超える可能性があり、さらに温度上昇については極めて不確実で、1度しか上昇しない可能性がある一方で4度以上上昇する可能性がある。それゆえ、一般論的に言って、リスク管理・予防保全という観点を重視し、二酸化炭素など温室効果ガス排出量の削減が不可欠となることは間違いない。だがその一方で、地球温暖化の予測には不確実性が伴い、しかも、それが50年から100年という時間スケールで進行する事態であることも忘れてはならない。 要するに、地球温暖化対策は、政治不安の解消、貧困の撲滅など焦眉の政治的・経済的課題を抱える途上国にとって、最優先すべき課題とはなりえない。地球温暖化対策と経済発展は必ずしも相反する目標とは言えないが、短期的にはトレードオフの関係が予測され、途上国への削減義務は現実的ではない。 我々はこういう目標を掲げるべきだろう。「2025年までに、戦争・内戦・テロ・その他の暴力による人命・人権侵害がない完全な世界平和と貧困撲滅を実現し、世界の全ての人々が適切な医療・教育・福祉を受け、長く健康的かつ創造的な人生を送ることができるようにする。一方、地球温暖化を代表的事例の一つとする環境問題については、先進国がその解決に努め、技術開発等の成果を途上国へ積極的に移転し、2050年までに地球的規模での問題解決を図る。」 いずれにしろ、経済的権益を守るために「中国が参加しないのであれば、25%目標を撤回する。」などと言っている間は、地球温暖化の解決はありえない。数値目標を巡って外交的な駆け引きをするのではなく、世界各国が協力可能な枠組みを創設することが大切で、そのためには温暖化対策だけを取り上げて議論するのではなく、途上国の経済発展への支援など広く国際社会の諸問題解決へ向けての取り組みの中に温暖化対策を位置付けることが必要となる。 了
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