☆ 格差是正の実現を ☆

井出薫

 かつて日本は1億総中流社会などと言われていた。しかし当時から格差は日本人が信じている以上に大きかった。そして今それが益々拡大している。

 競争することが社会の発展に繋がり、そのためには一定の格差が必要だという意見にも一理ある。プロスポーツの世界がその典型だろう。しかし過度な格差は社会の不安定に繋がるし、そもそも資質や能力、努力の程度に個人差があるとは言っても、収入が1桁以上も違うほどに差があるわけではない。能力や努力、そして実際の社会貢献度とは無関係に、歪んだ市場メカニズムや政治的思惑で収入や資産に大きな格差が出ているのが現実だ。

 大企業に就職するのと中小企業に就職するのとでは、現役時代の給与と賞与もさることながら、老後の年金支給額が大きく異なる。日本航空の高額な企業年金が話題となっているが、平均的な現役労働者よりも高い企業年金は尋常ではない。年金受給者は企業年金の他、厚生年金の支給も受けるから、総収入は中小企業の労働者や若年労働者層よりも遥かに高くなる。派遣労働者と比較すれば尚更だ。高額の企業年金は日本航空だけではない。証券会社、独占あるいは独占に近い環境下にある企業などでは平均的労働者の給与を上回る企業年金が支給されている。企業年金ではないが、もちろん官公庁も同じ恵まれた環境にある。受給者とすれば企業の口座に積み立てておいたお金を引き出しているだけだと言いたいところだろう。だが、その額を給与・賞与として事前に給付されていたとして、その分をきちんと老後のために貯金し運用することができただろうか。多くの者は使い切って老後の資金にはなっていないはずだ。しかも、そもそも、その積立金は年金に回すことが妥当なものだったのか大いに疑問がある。寧ろそれは利用者の料金値下げの原資に充当するべき余剰金だった。それが市場支配力で料金を高止まりさせ、その結果年金の資金とすることができたに過ぎない。その意味で、大企業や官公庁の労働者は極めて優遇されている。これでは、寄らば大樹の陰で、誰もが官公庁や大企業に就職することを希望する。その一方で、中小企業は人が集まらず衰退していく。競争が社会を活性化すると言うが、こういう格差を是正しない限り、中小企業や地方企業が淘汰され、独占・寡占が進んでいく。欧米社会と異なり、日本では、生活に余力がある者がボランティア活動に精を出したり、少なからぬ金額の寄付をしたりする習慣が乏しい。こうした一般市民の自主的活動を通じた所得再分配が期待できない日本社会では、企業年金を廃止し全てを公的年金へと統合し、大企業の従業員だろうと中小企業の従業員だろうと、退職後は同等な生活ができるように制度を改正することが望まれる。

 親が資産家、社会の中枢に位置する者の子供は生まれたときから、相続財産、高い教育費、人脈、あらゆる面で他の子供よりも有利な立場にあり、幸福な未来が約束されている。稀に貧しい家庭の者が大成功し資産家や著名人、権力者になることはある。しかし、そういう事例は極めて稀で、格差社会を隠蔽することに役立っても、格差社会を是正することはない。競争促進政策は、ただの自由放任主義では、こういう貧富の格差を拡大再生産していく。自由放任主義では競争が競争を排除しあるいは歪めていくという社会学的真実を認識して、所得と資産の再分配を通じ社会的公平性を実現することで競争効果を挙げる社会的仕組みを作ることが欠かせない。

 言うは易く行うは難し。もちろん、既存のシステムを改革することは容易ではない。急激な変革は、往々にして、その意に反して無力な一般庶民に負担を強いることになる。とは言え、新政権がこの課題に取り組むことなく、既存の既得権益を温存し、さらには新たな既得権益を生み出すようでは、政権交代の効果も有名無実となる。新政権には格差解消に真摯に取り組んでもらいたい。


(H21/10/26記)


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