☆ 金融危機とは何なのか? ☆

井出薫

 1年前のリーマンショックの際、これは資本主義に付きものの定期的なバブルに過ぎず、2年もすれば何事もなかったように景気は回復する、道徳的には資本主義は容認できないが、資本主義は自動的には倒れないと予言した。資本主義が崩壊することはないだろうが、この予言は外れた。来年の今頃、何もなかったように元に戻っているとは考えにくい。だが「100年に1度の危機」という診断も外れた。1年しか経たないのに、株価はすでに回復してきている。しかも「蟹工船」や「資本論」に注目が集まっていると言われる割にはデモもストライキも起きておらず、少なくとも社会が危機的な状況にあるとは言えない。筆者が勤めている会社も利益を出し、職員の賞与は減らされたが、配当は例年通りに株主の手許に渡っている。多くの大企業の業績は回復基調にある。確かに、(10人に9人は就職しているではないかと言って失笑を買った者が居たが)失業率は高く景気が良くなっているわけではない。しかし、大企業の業績が回復基調となり、株価が上がれば、現代の金融資本主義においては明るい兆しがはっきり見えたと言える。事実、性懲りもなく米国中心に金融・証券業界はまたぞろバブルの演出に乗り出している。

 金融危機とは結局何なのか。政府・中央銀行の財政出動・金融政策が欠かせないとは言え、本質的に、現代資本主義の景気循環の一過程、次の飛躍を準備するための一ステップに過ぎず、取り立ててそれを罪悪視する必要はなく、放置しておいても構わないものなのか。それとも抜本的な改革を断行しない限り景気の回復はない、あるいは次にはより巨大な破綻が生じ資本主義は崩壊へと向かうのだろうか。あるいは、資本主義が限界点に到達し革命が迫りつつあると見るべきなのか。それとも人間社会そのものの限界で、打つ手はないのだろうか。意見は分かれる。ただ筆者が知る限りでは誰も説得力のある意見を述べた者はいない。何故こうなったのか、何が悪かったのか、これからどうすれば良いのか、誰も答えを与えてくれない。景気対策が必要だという誰にでも分かることを政治家・官僚、有力メディア・知識人が大声で叫んでいるだけだ。

 結局どうなっているのか分からないまま、おそらく数年後には景気は回復して、再び金融・証券業界が賑わい、その先、5年から10年以内に再びバブルが崩壊する。今回、筆者はさほどの痛手を被ることはなかった。だが次は分からない。その頃は年金生活をしているはずだが、次の危機では年金生活者など構っていられないほど悲惨な状況が生まれているかもしれない。それにしても、ある意味、格好の研究材料が目の前にあるのに、経済学者や社会学者からこれと言った発言や研究成果の発表がないのが解せない。現代社会が抱えている諸問題を考えると、21世紀はおそらく自然科学より経済学や社会学が大切な時代となる。貧困、内戦、人権侵害、テロ、環境、どの問題を取り上げてみても、科学技術の発展だけでは解決不可能な問題ばかりだ。今、経済はどうなっているのか、その原因は何か、せめて、その程度の疑問には説得力のある解答を与えてもらいたい。


(H21/10/16記)


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