☆ 景気悪化に思う(雑感) ☆

井出薫

 景気の悪化が続いている。2か月ほど前に、2年もすれば何事もなかったように元に戻ると評したが、それほど楽観できる事態ではないようだ。

 だが何故そうなるのだろう。中国とインドを中心とする発展途上国の経済成長は目覚しく、たとえこれまで世界経済の牽引役だったアメリカが大幅に景気後退しても、世界経済全体の潜在的な力はかつてないほど高まっている。百年に一度の危機だなどとマスコミと政治家は騒ぎ立てるが、経済後退に対して世界各国政府が協力して対策を取るなど、一握りの列強諸国が世界の権力と富を独占し戦争が当たり前のように起きていた百年前と現在ではまるで状況が異なる。しかも、新自由主義が広まっているとは言え政府や中央銀行が経済を監視し適宜介入する現代の資本主義では危機を克服する様々な手立てが揃っている。それなのにリーマンの破綻に端を発した危機の余波が一向に収まらない。

 資本主義というシステムそのものが行き詰っているのだ、いよいよ歴史は西洋近代・資本主義を超える時代へと突入しようとしているのだという考えが浮かぶ。全米自動車労働組合はビッグ3の経営破綻という現実を前にしても頑強に賃下げなどのリストラに抵抗している。労働者が自分たちの正当な権利を主張しそれを貫くことができれば資本主義は崩壊すると、マルクスとその後継者たちは主張した。すべては労働者の労働の産物であり、株主や金融機関、経営者に破格の報酬を与える余地など本当はない。しかし資本家が支配する資本主義では労働者は搾取に甘んじるしかなく、その結果、株主や金融機関、経営者は巨万の富を手に入れる。かつて、このマルクス主義者の理論は多くの若者や労働者を魅了した。筆者もその一人で、今でも平和裏に資本主義が崩壊し新しいより公正な社会が実現すればよいと思っている。

 しかし現状では資本主義に代わる適当な経済システムはなく、また今回の混乱が如何に大きくとも資本主義がこのまま倒れることはない。150年前、マルクスはその著「経済学批判」の序言で、どのような社会体制もその潜在的な発展力を使い切るまで崩壊することはないと述べている。マルクスは資本主義が潜在的な発展力を使い果たし崩壊が近いと考えた点では間違っていたが、社会体制の命運に関する考えは正しい。資本主義はまだその潜在的な力を使い果たしていない。もし使い果たしたのであれば、この程度の危機で済むはずがない。世界各地で暴動が発生して、経済危機は全面的な政治的危機・闘争へと発展している。

 経済対策が十分に効果を発揮しない背景には不安の連鎖がある。情報通信技術の発展と普及は本来であれば人々に正しい情報を伝え動揺を抑える効果があるはずだが、言論、報道、政治家、ネットで不満解消を図る者などが不安を煽るような情報を流すことで、動揺を抑えるどころか増幅している。それが景気悪化を増大させる。民主的な社会には人々に動揺が広がった時にそれを収める絶対的な力を持つ者がいないという弱点があるが、現在はまさにその弱点が露わになっている。要は現在の景気悪化は多分に気の病なのだ。

 景気悪化から抜け出すこれと言った処方箋は見当たらない。だから薬効が現れるまで待つしかない。あと望むことと言えば、報道、言論、政治が的確な情報を発信して、不安の連鎖を生みださないようにすることだけだ。

 それにしても難しい時代に入ってきていると思う。資本主義という枠組みを変えない限り、定期的にバブルの発生・崩壊が起きることは避けられず、経済と環境の調和も難しい。ところがそれを超えるシステムがない。そもそも多くの問題を抱えていながら、筆者もそうなのだが、先進国の国民の多くは現状に概ね満足しており積極的に社会体制を変えようという気概は乏しい。だから新しいシステムを考え出そうという気すら起きず、未来への展望が拓けない。勿論いつの時代でも明確な未来の展望を持つ者が時代を切り開いたわけではなく、偶然的に社会が変化してきただけに過ぎない。だから今がそうだからと言って文句を付けても始まらない。ただ100年前と比べれば富も知識も飛躍的に増大し、未来を展望する能力は遥かに増しているはずなのに、この体たらくでは虚しくなる。

 だからと言って、怪しげなカリスマの登場は御免蒙る。一人一人の市民が過去から学び現在を批判的に解明し未来を展望するしかない。一人の人間ができることなどたかが知れている。だが総和は巨大になる。世界には飢餓に瀕して未来など展望する余裕が全くない者が未だたくさんいる。だからこそ、少しでも余裕がある者は過去・現在・未来を考え何か行動をする義務がある。年の瀬は何かと忙しない。だが忙しない現実に感けて大切なことを疎かにしないように気を付けたい。



(H20/12/13記)


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