☆ 寒い ☆

井出薫

 秋も深まり朝晩がめっきり寒くなってきた。そこに来て景気対策が発表されて益々寒くなる。

 景気対策が必要であることは間違いない。百年に一度の経済危機などという謳い文句は明らかに過大広告で、一部の証券会社の破綻と株価の暴落に便乗してメディアや政治家が作り上げた茶番に過ぎないと思う。だがこの茶番劇で低所得者や零細企業が打撃を受けるのは事実で看過することはできない。麻生政権が大規模な景気対策を打ち出すこと自体は正しい。だが内容が余りにもお寒い。

 証券優遇税制を延長するという。真面目に働いて得た金と所詮あぶく銭の証券譲渡益、どちらに課税するのが公正なのか。当然、後者に重い税を課すのが筋だろう。あぶく銭より真面目に働いて得た勤労所得の課税率が高いようでは真面目に働く気は失せる。そもそも証券譲渡益が優遇されるからバブルが生まれたのではないか。譲渡益は所得に合算して課税するか、分離課税にするならば50%くらいの税率にすればよい。

 高速道路の料金を安くするという。確かに日本の高速道路の料金は海外と比較して高いと評判が悪い。だが高速道路料金の値下げは渋滞、有害な排気ガスや二酸化炭素の増加に繋がる。煙草を目の敵にして1箱1千円にするなどと言うのならば高速料金は寧ろ高くするべきではないか。その代りに自動車の利用が生活に欠かせない地方の住民や事業で自動車を使うことが必要な経営難の中小企業向けに補助金を出せばよい。

 国民に一律で現金あるいは金券を配るという。裕福な首相が貧しい国民にお恵を与えてくださるというわけだ。これで麻生政権は次の次の総選挙までの期間つまり4年から5年は安泰だろう。だがこのような景気対策は、国民を馬鹿にした政策、あるいは国民を馬鹿にするための政策と言わなくてはならない。生活が苦しい人は一時的に懐が潤う。だがそれはほんのひと時のことでしかない。2兆円規模とか言っているが国民一人当たりにすれば2万にも満たない。そんなものでは低所得者の生活基盤は改善されない。寧ろ低所得者が所得の増大を図ることができるように職業訓練のための組織や施設の充実、職場の拡大などを図る方がずっと有益だ。低所得者に奨学金を提供することも考えられる。何よりも大切なことは人を育てるという視点だ。人を育てるなどと言っても高齢者や障害者は無理だと言われるかもしれない。だがそれは誤解だ。うちの父親と母親は後期高齢者だが、筆者の知らないこと、出来ないことをたくさん知っているし、遣ることができる。混雑した電車で朝から出社することは一寸無理があるが、父親が筆者の代わりに働いた方が会社の利益になると思うことがしばしばある。特に英語では父親が遥かに上だ。尤も筆者の語学力が余りにも貧しいこともあるが。高齢者一般を弱者、社会が助けてあげないと何もできない者であるかのように考えるのは間違っている。高齢者が喜んで働くことができる環境が整備されていないだけだ。高齢者だけではない障害者だった出来ることは幾らでもある。2兆円規模の支出をするのであれば、働く能力がある全ての者−生きている者は基本的に全てそこに含まれる−が働く気になれば働くことができる環境を整備することに使うべきだ。

 いずれにしろ、あれやこれやのてんこ盛りだが、景気対策はやはりお寒い。しかも首相は3年後には消費税を10%程度まで引き上げることを明言した。消費税の引き上げを明言したことは政治家として勇気ある行動で悪いこととは思わない。しかし日本の消費税率は諸外国と比較して低いと言われるが、外国では生活必需品などが免税されていたりするので一概に日本の税率が低いとは言い切れないのが実情だ。実際税収の中に占める間接税の割合は諸外国と比較しても日本はけっして低くはない。税率だけをみて消費税増税は福祉を維持するために不可欠と結論付けることはできない。そもそも消費税率の引き上げで最も打撃を蒙るのは低所得者だ。消費税率を引き上げるのであれば、生活必需品や低所得者への免税を併せて実施する必要がある。

 それにしても余りにもあからさまな選挙目当ての景気対策という感じが否めない。選挙が終わった後のことを考えるとそれこそ益々心が寒くなる。



(H20/10/31記)


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