☆ 資本主義は崩壊するか? ☆

井出薫

 リーマンブラザーズの破綻で世界的な金融危機が生じ日本経済が崩壊するとご託宣を述べる吾人が(予想通り)次々と現れている。しかし、経済の専門家でもない筆者が予測を述べても全く説得力がないが、日本経済が崩壊することはない。マルクスに傾倒したことがある者としては、資本主義の崩壊は歴史の必然であり今回の出来事はその兆候だと言いたいところが、そうではない。これくらいでは資本主義は潰れない。各国の政府や中央銀行が行動を開始して、おそらく2年もすれば何事もなかったかのように経済は回復する。

 債権者は別の場所では債務者でもある。債権放棄=債務免除は債権者にとって大きな痛手だが、全員の債務を一斉に免除=全員の債権を一斉に放棄すれば、債務者(=債権者)はいなくなる。一旦この状態にリセットして、経済活動に必要な資金を、中央銀行を頂点とする金融機関が無担保・低金利で貸し出せば経済は間違いなく回復する。政府と中央銀行が常に経済動向を監視して、いざという時には絶対的な権限をもって経済活動に介入できる現在の資本主義の運営は容易い。泣き笑いする者は無数にいるだろうが、マクロ的にみれば資本主義は安泰だ。

 全くの素人考えだと笑われるだろう。経済はそんなに容易いものではないと。だが、会社更生法や民事再生法の手続き、買収ファンド、超低金利・量的緩和政策、公的資金の投入、(必要性のはっきりしない)公共事業、金融市場への介入など、結局、債権債務の整理と整理後の資金貸与ということに帰着するだろう。手が込んでいるが、結局は上に述べたようなことを遣っているに違いない。

 多くの問題を抱える資本主義システムだが、結局こうして生き残っていく。だが、こういう解決策は一時凌ぎに過ぎない。資本主義は常に問題を先送りにして存続する。マルクスは、恐慌は資本主義の矛盾が生み出す不可避の現象で、経済発展とともにその規模が拡大して最後は資本主義の崩壊に導くと予言した。恐慌をバブルと読み替えれば、現代資本主義に当てはまると期待?するマルクス主義者も少なくないだろう。だが、「喉元過ぎれば熱さを忘れ」がこの世の変わらぬ真実だとしても、人には学習能力がある。バブルの凌ぎ方が段々と上手くなっていく。

 資本主義は自動的には崩壊しない。世界の人々が他の選択肢を選ぶべきだというコンセンサスを作り出さない限りは。問題は、そういうコンセンサスを生み出す必要があるか、あるとしてそれが可能なのかということになる。いずれの問いも肯定したい。債務・債権をその都度チャラにするということは、結局のところ狡猾に立ち回る者が常に得をするということだ。そしてこの可能性が常に権力を持つ者にモラルハザードを引き起こす。バブルの凌ぎ方が巧みになっても、これだけは変わることはない。「学問の目標が真理であるように、人間社会の制度の目標は正義である」とロールズは宣言した。資本主義は正義に適わない。他の選択肢を考案し、世界の人々のコンセンサスを得ることは極めて困難な事業だ。だが人間が地球で繁栄するに値する存在であることを証明するには、この困難な事業を遂行しなくてはならない。



(H20/9/25記)


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