☆ 科学は面白いか? ☆

井出薫

 子供たちの理科離れが進み、経済にも悪影響が出てくるのではないかと危惧されている。対策として随所で子供たちに科学の面白さを体験、理解してもらおうという取り組みがなされているが、科学は本当に面白いのだろうか。(ここでは数学と自然科学を念頭に置く。)

 部屋の本棚を眺める。「関数解析」、「場の量子論の数学的形式」などという題名が目に入る。30年以上前大学院生時代に購入した本だが一度も真面目に読んだことがない。いずれも10ページも読まずに挫折した。天才ディラックの教科書「一般相対性理論」がちくま学芸文庫になったので購入した友人が「最初の3ページで分からなくなった」と嘆いていた。本当のことを言えば科学は難しく面白くない。その難しく面白くないものを面白いと宣伝するのは詐欺だとまでは言わないが、羊頭狗肉と言わなくてはなるまい。同じ意味かもしれないが。

 では子供たちの理科離れを防ぐことはできないのか。フィンランドでは子供たちは喜んで理科や数学を学んでいる。こんな声が聞こえてくる。フィンランドの子供たちが本当に理科や数学が好きで得意なのかはよく分からない。本当は、さっぱり分からない、大嫌いだという子も少なくないと思う。

 着目するところを変える必要がある。科学はごく一部の者を除いて正直言って難しいだけで面白くない。だが科学の対象は面白いものに満ち溢れている。太陽、星と星に満ちた宇宙、月、流れ星、日食・月食、山脈や河川、海洋や海岸線の姿、多様で魅力的な生物たち、そして人間の身体、科学研究の対象は魅力的で興味が尽きない。どの子供でも必ず何か興味を抱くものがあるに違いない。そして興味を持ったものをもっとよく知りたいと思うはずだ。そこに理科離れを防ぐ手掛かりがある。

 そのためには、多様な自然環境に接する機会を与えることが必要になる。子供によって好きなものは異なる。昆虫が大好きだという子もいれば、昆虫は怖いと逃げ出してしまう子もいる。犬が好きな子もいれば嫌いな子もいる。山頂からみる水平線に惹かれる子もいれば、潮だまりを1日中観察して飽きることを知らない子もいる。子供にはそれぞれ個性があり、好きな物を自分で探し出せる環境を整備することが大切だ。

 都会は自然が乏しく、どこに行っても高層ビルや量販店・ゲームセンターの類しか見当たらない。これでは子供たちの心に自然への好奇心、科学研究の対象への興味は湧いてこない。都会脱出!子供の理科離れ対策にはこれが一番だ。山、川、海、砂浜、森林、農地、すんだ夜空に煌めく星たち、荘厳な雪山、様々な自然の中で子供たちは自分の好きな物を見つけ、科学への興味を育んでいく。そこで初めて科学教育の好機が訪れる。科学は難しく面白くないが、自分が興味を抱き、より深く理解しようとするとき、難しい数学や物理学にも挑戦しようという気が湧いてくる。そして無味乾燥で難解な数式や化学記号も、興味を抱く対象をより深く理解することに役立つと分かれば、やがて難しさが気にならなくなる。

 (それが本当に必要なのかいささか疑問があるが)理科離れの防止には、子供を都会から離れ自然にあふれた場所で教育することが最良の方法に違いない。しかも、それはただ理科離れを防ぐだけではなく情操教育という観点からも有益だ。人口流出に悩む地方は地域振興のためにも子供のための自然と町作りを進めてはいかがだろうか。



(H20/7/14記)


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