☆ 自殺対策 ☆

井出薫

 自殺者数が10年連続で3万を超え、前年比2.9%増、統計資料が残る78年以降では2番目の多さと報じられた(6月19日朝日新聞夕刊一面など)。企業の業績好調にも拘わらずそれが国民生活に還元されていない現状が如実に表れている。ここでは社会システム、ICT、医療の3つの面からごく簡単な考察を加えたい。

 以前からGDPは国民生活の実態を反映していないと指摘されているにも拘わらず、依然としてGDPが経済政策立案の最大の指標とされている。しかしGDPに着目する限りグローバルな市場競争に勝ち抜き企業の収益・利益を上げるという方向にしか目が向かない。国民生活の実態を表現する指標にGDPは不適切であることを早く認識するべきだ。またその一方で市場経済を否定することも間違いだろう。計画経済がうまく機能せずGDPだけではなく国民生活の質においても旧ソ連・東欧圏が先進資本主義国よりも低い水準に低迷していたことも忘れてはならない。だがGDPを指標として企業の収益・利益の向上だけを目指していたのでは企業が一人勝ちし、ごく一部の者を除き国民は置き去りにされてしまう。それは言うまでもなく国民が企業活動の歯車に堕すことであり、一刻も早く改める必要がある。そのために、当面市場経済を維持しつつも、GDPに代わる国民生活の実質を適切に反映した指標を作り、その指標の向上を政府と企業の目標とする必要がある。

 ICTの進歩と普及は情報収集の効率化とコミュニケーションの面的な拡大を促したが、その一方で人々は膨大な情報を消化しきれず、面的な拡大に反比例してコミュニケーションの質は劣化し孤独を深めている。孤立した人を救うのは顔を合わせた豊かで楽しい会話や会食であり、ブログやネットの掲示板ではない。ICTはあくまでも補助手段に過ぎないことを認識して企業、学校、家庭で週に1回はパソコンや携帯を一切使わない日を設けるべきだろう。

 自殺というとすぐに鬱病が引き合いにだされる。しかし全ての自殺者が鬱病であるわけではない。統合失調症の患者数は鬱病よりも少ないが日本全体で百万人程度いると推定され自殺率は鬱病よりも高い。それゆえ3万の自殺者の中には統合失調症による者も相当数含まれていると考えられる。それに鬱病患者の誰もが自殺を図るわけではなく、むしろ自殺を本気で考える患者は少数に過ぎない。自殺の危険性が高まるのは事実だとしても、自殺=鬱病という図式に囚われると、本質を見失う危険性がある。自殺の原因を詳細に調査することは容易ではないが、病理学的に何が主要な要因となっているのか的確な分析が望まれる。

 いずれにしろ、自殺は本人だけではなく家族や友人など多くの者を不幸にする。自殺者数が3万人もいるようでは「日本は平和で安全な国だ」などと到底言えないことを肝に銘じ、早急に多角的な研究と対策を実行する必要がある。

(H20/6/21記)


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