井出薫
二酸化炭素の増加が続き地球温暖化が懸念されている。だが難しいのは、二酸化炭素増加の影響が自然環境にどのような変化をもたらすか、未だにはっきりしないことだ。 寒冷地の温暖化で極地の氷が溶け、海面上昇で海抜の低い地域が存続の危機に見舞われることは間違いない。すでに一部地域では影響が出始めている。だが、大気や海洋の複雑な動き、温暖化による海洋微生物の光合成の活発化など様々な要因が絡み合い、二酸化炭素増加の影響が世界にどのような変化をもたらすのか確実に予測することはできない。 そもそも、二酸化炭素の増加で温暖化していることが確実に証明されたわけでもない。地球の歴史をたどれば寒冷化と温暖化を繰り返しており、ここ数十年の温暖化もその一例に過ぎないという可能性も現時点でも否定しきれない。様々な証拠が二酸化炭素排出量の増加が温暖化の原因であることを示唆しているが、確証できたわけではない。勿論、環境問題では疑わしきは罰するが原則であり、確証がないからと言って対策を怠ることや国際協調に消極的であることは許されない。数値目標を定め削減努力をすることは不可欠だ。 だが、たとえ温暖化が確証されたとしても、地球が一様に暖かくなるというわけではない。複雑な大気や海流の循環で、地域によっては却って寒冷化する可能性もある。ハリケーンや台風なども増えるか減るか、規模が大きくなるかどうかも予測がつかない。 また温暖化がすべてマイナスになるとは限らない。北海道の米が美味しくなり人気が高まっているという。これは関係者の品種改良の努力によるところが大きいが、夏の気温が上昇したことも影響していると考えられる。温暖化が進むことで農耕に適さなかった寒冷地が肥沃な農耕地になり、たとえばシベリアが世界の食糧生産の中心地になることだってありえる。 温室効果ガスが二酸化炭素だけではないことも忘れてはならない。メタン、フロンなども強力な温室効果を持つ。なにより最大の温室効果を持つのは水蒸気だ。だが水蒸気の制御は不可能で、しかも地表の熱を上空に逃がす役割を担うので、温室効果ガスとして考慮されることは少ない。だが温暖化のメカニズムと影響を解明するうえで水蒸気の役割を無視することはできない。 このように地球温暖化は、科学的にも、政治経済的にも将来の予測が困難で、それが有効な対策を策定する上で障害となっている。しかし、環境問題で対策が後手を取ると取り返しがつかないことになる。日本の公害でも、環境の回復には数十年以上の月日が掛かり、しかも完全に元には戻らない、そして被害者の健康は戻ってこない。地球温暖化のように地球規模で災厄をもたらす環境問題は何よりも優先して対策が取られなくてはならない。一部の経済学者は、未だに、「環境を取るか、経済発展を取るかはトレードオフの問題だ」と語り、単純に、温暖化対策のコストと経済成長の鈍化などの経済的損失と、温暖化対策を採用しなかった場合の経済的損失を比較して、温暖化対策の実施範囲を決めるべきだなどと論じているが、温暖化対策を怠ったときに人類が蒙る被害つまり経済的損失は無限大であると考えておいた方がよい。二酸化炭素排出量取引は有効な対策だが、経済学的発想だけで地球温暖化などの環境問題を解決することはできない。寧ろ経済学的発想が前面に出ることは危険だと言える。排出量取引も(そこには貪欲に利潤を求める資本の動機が隠されており)危険な側面がある。 温暖化問題は、気象学者や経済学者だけではなく、様々な分野の専門家と世界全ての市民が協力して事に当たらないと解決できない。二酸化炭素を発生しないという理由で原子力発電が世界的に再評価されているが、原子力発電が抱える諸問題が解決されたわけではない。だが二酸化炭素増加だけに目を奪われると、原子力発電の問題を看過することになりかねない。温暖化問題解決には、総合的な視野が不可欠であり、特定の分野の人間に頼ることはできない。 それにしても、これだけ温暖化が身近な話題となっているのに、二酸化炭素が増加するとなぜ温暖化するのかということすら知らない人が多い。簡単に言えば、二酸化炭素は、輻射温度が高い太陽からの光(=電磁波)を透過して、輻射温度の低い地表から放出される電磁波を吸収するから温室効果を持つ。経済学を学ぶ理由は経済学者に騙されないためだとケインズの弟子ロビンソンは語ったそうだが、科学の専門家や政治家に騙されないためにも、皆、温室効果のメカニズムくらいは勉強しておくべきだろう。ま、これは受け売りで人のことは言えないのだが。 |