☆ 本当に許されないのは誰だ ☆

井出薫

 久間防衛相が辞任した。自ら決断したのか、圧力を掛けられて已む無く辞任したのかはしらないが、これで事の本質が隠蔽されてしまった。

 ここに来て自民党はハト派の集団に突然変異したかのように、政府の方針は核廃絶だなどと言い出している。いや自民党に限らず野党やマスコミの大多数が同じようなことを言っている。だが核廃絶のために真摯な努力を続けている者がどれだけいるだろう。アメリカに対して原爆投下の誤りを認めて日本国民への謝罪を求めた首相がいただろうか。核保有国は北朝鮮を含めると8カ国になるが、核兵器の大多数を占有しているのはアメリカとロシアだ。両国を比較すると、核爆弾の数ではロシアが上回るが、軍事システムの先進性、最先端技術の活用などトータルな核戦力ではアメリカが圧倒している。その世界最大の核保有国に対して堂々と核廃絶を求め、唯一の被爆国として唯一の使用国アメリカに対して反省を迫ることができないのであれば、核廃絶などと奇麗事を並べ立てても何の意味もない。「欺瞞」という言葉はこういう状況を語るためにある。

 勿論本音を言えば、政府の外交の根本原則は、核廃絶などではなく、アメリカとの友好関係を強化発展させることにあり、そのために原爆投下の是非については(アメリカが自ら反省する日が来るまでは)沈黙を決め込んでいる。そして、共産党や社民党は別として、野党の民主党も基本的な外交方針に大差はない。党首が元自民それも自民党幹事長時代はタカ派と目されていた小沢氏なのだからそれも当然のことだろう。だがアメリカが世界最大の核保有国であり唯一の使用国でもあるという現実を前にするとき、沈黙は容認に等しい。つまり歴代政府、自民党、そして民主党は、暗黙のうちに、アメリカの原爆投下を(消極的にせよ)容認していることになる。政治家ばかりではない。読売や産経は言うまでもなく、最近は大人になったのかすっかり物分りが良くなった朝日や毎日など、主要なマスコミも似たりよったりの姿勢だ。

 つまり久間元防衛相は政府の方針、いや現代日本の風潮、(原爆被害者とその関係者を除く)日本人の暗黙の了解に沿った発言をしただけに過ぎない。ところが皆で寄って集って久間氏を袋叩きにした。

 余程のタカ派でなければ別に防衛相が誰になろうと構わない。久間氏が引責辞任させるには惜しい人物だとも思わない。だが、久間氏に責任を押し付け、自らの日頃の怠慢を棚に上げ、あまつさえ、自分は核兵器廃絶を心から願う高潔な人道的理想主義者であるかのように語る政治家やマスコミ関係者の姿を見ると吐き気がする。

 選挙前に叩かれるに決まっていることを口にしてしまう久間氏は愚かだ。だが悪辣な人物ではない。今の日本で、久間氏を非難する資格があるのは原爆被害者とその家族・遺族、彼らを誠実かつ真剣に支援してきた一部の人たちだけだ。他の者には一般国民を含めて久間氏を批判する資格などない。皆、久間氏を罵る前に自分の不甲斐なさと狡さをよく考えて反省するべきだ。

(H19/7/3記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.