☆ 二酸化炭素排出量取引は万能なのか ☆

井出薫

 温暖化対策として、二酸化炭素の排出量取引が欧州を中心に導入が進められている。日本でも導入される日は近いだろう。

 10万トンの排出量削減が求められている二つの企業AとBがあり、Aは削減のために10億円かかるが、Bは4億円で十分で20万トンの削減をしても8億円で済むとしよう。AとBがそれぞれ削減目標を達成するには合計で15億円掛かる。だがAが10万トンの排出量をBから5億円で買い取るとしたらどうだろう。Aはいままでどおりの量の二酸化炭素を排出するが、Bが20万トン減らすから全体の目標値は達成できる。Aは10億円支出しなくてはならなかったところを5億円に抑えることができる。Bは4億円掛かるところが、Aから5億円入ってくるので、20万トン削減しても支出は3億円で済む。両社合わせた費用も8億円で納まる。

 実に上手い方法だ。しかし本当にこんなに上手く事が運ぶのだろうか。まず削減のための費用見積りはどこまで正確にできるのだろう。Bは当初4億円と試算したが、いざ実施してみたら10億円以上掛かったなどということがないとは言えない。本当に20万トン削減できたかどうかの検証も容易ではない。国際的には非常に厳しいモニタリングの手法が確立されているとのことだが、果たしてそれで十分なのか結論が出ているとは思えない。日本で導入するときには、先行して取引を実施しているイギリスなどの実情をよく調査する必要があろう。

 取引が企業同士ではなく、国家間となると益々危なくなる。国民を飢えたままで放置して排出量取引で得た金で私腹を肥やす権力者が出てこないとも限らない。これまでも経済援助や軍事援助などで発展途上国の政治経済に巨大な影響力を行使してきた先進資本主義国の支配力が増大する危険性もある。しかも国となると排出量削減の目標を到達できたかどうかの検証は一段と難しくなるだろう。

 先の例では、全体的なコストを15億円から8億円に削減できるという結論に至ったが、見方を変えれば、二酸化炭素排出量削減の技術を持つ企業や個人の収入がその分減ることになる。排出量削減の技術開発を加速させるには、寧ろ、排出量削減のコストが高い、つまり排出量削減技術の市場規模が大きい方が良い。20億を超える人口を有する中国とインドの急速な経済発展で、産業活動が環境に与える負荷は従来の予測よりも大きくなっており、技術開発とその導入に時間的な余裕はない。寧ろ、排出量削減技術の市場規模を大きくして、開発と導入を促進した方が得策ではないのか。

 さらに排出量取引が進むことで、利益の上がっている企業が、安易にお金で排出量を他社に押し付け、環境問題へ無関心になることも危惧される。

 確かに排出量取引は有効な手段の一つだろう。だが万能ではなくマイナス面もあると考えておいた方がよい。すべての企業が排出量削減を実施することを原則として、補助的な手段として排出量取引を導入する方がよいと考える。

(H18/12/29記)


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