井出薫
雑誌を中心にソフトバンクグループのリーダー孫正義氏がマスコミでバッシングされている。一部週刊誌は孫氏をペテン師呼ばわりしている。 ソフトバンクモバイルのメール0円広告は確かに行き過ぎだった。ソフトバンクモバイル同士のメールだけが無料であることが小さな文字で記載されているが、よく読まないとすべてのメールが無料であるかのようにみえる。料金体系も複雑でよく考えないと実際以上に魅力的にみえる。これは消費者に正しい情報を与えることを義務付けている電気通信事業法に反するし、事業法を引用するまでもなく商道徳に反する行為と批判されても致し方ないかもしれない。 しかし、料金体系が複雑なのはドコモもKDDIも同じで、都合が悪いことは目立たなくして善いことばかりを広告宣伝していることも変わりはない。たとえばauは無期限で未使用分の繰り越しができると盛んに宣伝している。これは各月の余った分すべてが無期限に有効であるかのようにも取れるが、そうではない。広告をよく読めば小さな文字で制約のあることが記載されている。ソフトバンクモバイルほどあからさまではないかもしれないが、こちらも消費者を混乱させていることに違いはない。ドコモの広告も似たようなものだ。 要するに、ソフトバンクモバイルは些か行き過ぎだったが、詐欺をしたわけではないし、競合2社が同社と比較して良心的な商売をしているわけでもない。そもそも携帯電話会社だけではなく、およそほとんど全ての企業が売上を伸ばすために、法に違反したり常識を逸脱したと非難されたりしない範囲で、誇大広告をしていると言ってかまわない。だいたい誇大広告が最も目立つのは雑誌や夕刊紙ではないか。 それにソフトバンクモバイルが非難されるのではなく専ら孫氏がターゲットにされているのも不可解だ。確かにソフトバンクグループにおける孫氏の存在は、ドコモやKDDIの社長よりも遥かに巨大で、報酬も桁違いだろう。問題となった公告も料金体系も孫氏の了解の下に実施されたことは間違いない。だがグループ全体の売上が2兆円を超える企業ともなれば、いくらカリスマ指導者がいても、一人ですべてを決めているわけではない。各セクションのスタッフがそれぞれの裁量で計画を立てて業務を遂行している。ソフトバンクモバイルあるいはソフトバンクグループに問題があったとしても、孫氏一人を批判すればよいというわけではない。 「孫は金儲けだけにしか興味がない、いずれ儲からないと思えば通信事業などすぐに売り払ってしまう」こう決め付ける人が少なくないが、筆者は違うと考える。韓国に較べて大きく立ち遅れていた日本でブロードバンドが急速に普及し世界的にもトップ水準に短期間で達することができたのは、ヤフーBBが(当時の料金水準で)破格の低価格でADSLの提供を始めたからだ。これはけっして孫氏に絶対の自信があったから始めた事業ではない。日本を世界に冠たるIT社会にしたいという強い思いがリスクを超えて勝負に打って出させたのだ。 確かに、このときもサポートが不十分で利用者を混乱させ、同一ルータに収容された利用者の通信が他人にも流れるという不具合も生じ、多くの人から批判された。そしてその批判自身は正当であり、孫氏を手放しで称賛できないことは事実だ。 だが、それでも、負の側面だけを取り上げ誇張して、孫氏が日本の情報通信の変革に大きく貢献したことを無視し、彼を単なる金の亡者であるかの如く語るのは、明らかに公平を欠く極めて歪んだ姿勢と言わなくてはならない。 なぜ、こうまでして一部マスコミは孫氏を叩こうとするのか。「出る杭は打たれる」の言葉どおり、成功者を貶めようとする人々の僻み根性から発しているのであれば、(好ましいことではないが)まあ仕方がない。それならば、孫氏は無視して行動で反論すればよい。だが、これが、彼が日本に帰化した在日韓国人だったという経歴に起因しているとしたら重大だ。日本社会の背後で暗い歪んだ排外主義と民族主義が蠢いていることを意味する。 一連の孫正義バッシングは、孫氏に問題があるのではなく、バッシングをしているマスコミとそれを歓迎している日本人にこそ問題があることを示しているように思えてならない。筆者の思い過ごしであればよいのだが。 |