井出薫
天気予報は外れることがある。気象衛星が大気の様子を具に観測してデータを刻一刻と地上に伝えてきて、コンピュータが瞬時に処理しているのに、なぜ予測が外れるのだろう。 実は、大気の状態は予測が極めて困難であることが分かっている。大気のような物理系では「カオス現象」が発生するからだ。カオスが発生するところでは、ほんの僅かな違いで結果が全く異なってくる。観測には必ず誤差がある。誤差をゼロにすることは原理的に不可能だ。小さな誤差は普通ほとんど結果に影響しないが、カオスが生じる系では、誤差が結果を全く異なったものにしてしまう。だから、天気予報は外れることがある。 カオスは大気に発生するだけではなく自然界のいたるところで発生する。だが、カオスがいたるところで発生するなら、私たちが安心して暮らしていけるのはなぜだろう。 実は、秩序の存在するところにだけカオスは発生する。地球が秩序だった状態にあるからこそカオスが発生する。カオスは秩序の徴だ。しかも、カオスは秩序の維持に役立っている。カオスと秩序は表裏一体だ。 社会も同じようなところがある。どんな善い社会でも、しばしば、痛ましい事故や犯罪、スキャンダラスな事件が起きる。そういうとき、人々は、刑罰を厳しくしろとか、関係者の責任を厳しく追求しろと言いがちだが、不測の事態の発生(=カオスの発生)は社会が安定している証拠でもある。強圧的な政策や洗脳で秩序を保っているような社会では、予想がつかないような事件はほとんど生じない。だが、そういう社会は、一度歯車が狂うと、あっという間に崩壊する。 現代社会学の祖であるデュルケームは言っている。「犯罪は正常な社会の正常な現象だ。」 犯罪や不祥事のない社会などないし、あったとしたら用心したほうがよい。 |