☆ 悲観することはない ☆

井出薫

 「絶望は愚か者の結論」と言われる。絶望しているとまでは言わないが、以前から日本人は将来に悲観的な展望を持つのが習い性だった。実際は口で言うほど悪いと思っているわけではないのだが、近年一段と悲観的になってきた。しかし、冷静に考えれば、日本人の将来は暗くはない。

 中国や韓国の目覚しい発展に危機感を募らせる人がいる。しかし、両国の経済発展は日本にとって市場の広がりを意味する。しかも、経済発展は政治の安定をもたらす。
 アジアで日本が一番でなくてはならないなどと考えるから危機感に繋がる。中国の人口は日本の10倍だ。単純計算すれば、GDPは日本の10倍になって当然なのだから、いつまでも一番でいられるわけがない。中国だけではなくGDPでインドやインドネシアに抜かれる日が来るのも確実だ。だが、それは悪いことではなく良いことなのだ。平和で豊かなアジア、それこそが日本の利益に繋がる。
 一番に拘る人もいるだろう。だが一番というのはなかなか苦しい。アメリカは誰もが認める世界一の経済大国で軍事大国だが、その代償として、貧富の差は激しく、犯罪も多く、国民は戦場で命を落とす危険性もある。中国もいずれアジアの盟主として、アジア地区でアメリカのような地位を担うことになるだろう。それに引き換え、日本人は厄介なことに首を突っ込まないですむ。発展途上国、戦乱や災害の被災地への経済援助や技術支援に専念すればよい。
 日本は、国連常任理事国の地位を占める強国・大国ではなく、フィンランドなど北欧諸国に学び、国作りを進めるべきだろう。北欧諸国は国際政治・経済においては地味な存在だが、世界で最も人権や民主制度が普及した国であり、世界最高水準の福祉制度を維持して、高い教育水準と科学技術力を誇っている。アメリカやイギリスなどと比較して治安もずっとよい。これらの国より人口が10倍以上の日本が同じことをするのは容易ではないが、現在の経済水準と文化水準を考えれば不可能ではないはずだ。
 いずれにしろ、アジアの大国日本などという幻想を捨てて、暮らしやすい平和な国を目指せば、日本の将来は暗くないどころか明るいことが分かる。近隣諸国では北朝鮮に不安定要因が残るが、これも韓国や中国の影響が及び、いずれ必ず民主化・開放へと向かうときがくる。それまでの辛抱だ。北朝鮮の人々は日本人より遥かに苦しい環境に耐えている。だから、経済制裁などという敵対的な行動を取るのではなく、対話路線で粘り強く交渉することで道を開くことができる。

 少子化高齢化が重く圧し掛かると言われている。しかし、高齢者人口の増加は新しい産業や技術革新の切っ掛けになる。少子化は教育を充実させる絶好の機会だと捉えることもできる。労働人口の減少が懸念されているが、女性の社会進出がそれを補うだろう。しかも、ITやバイオなどの新技術の普及で、高齢者や障害者が仕事をすることは容易になっている。遠くない将来、80過ぎのおじいさんやおばあさんが、自宅や自治体の集会場で楽しみながら仕事をする日が来るだろう。年取ってまで働きたくないと言う人もいるかもしれないが、社会のために役立っていると実感できることが一番の幸せだ。適度な仕事は人生を豊かにする。ノルマに追いまくられている場面が脳裏に浮かぶから苦痛になるが、仕事は本来自己実現の場だ。
 日本人の寿命は世界一という事実をもっと肯定的に捉えるべきだ。「長生きなんか、したかねぇ」と粋がる御仁も少なくないが、健康診断で「癌かもしれません」と言われたら青い顔して病院に飛んでいくだろう。長生きできる幸せを噛みしめよう。そうすれば道は開ける。

 日本の製造業の国際競争力が衰えていると言う人がいる。だが、冷静に考えればそんなことはないことはすぐに分かる。次世代のDVDの規格は、HD方式もブルーレイ方式も、日本のメーカが主導している。プラズマディスプレイではサムソンの後塵を拝したが、大電力のプラズマではなく、SEDこそがデジタル時代のディスプレイの主流になると予想される。こちらは日本のメーカがトップを走っている。
 日本人はハードウエアには強いがソフトウエアには弱いと長らく信じられてきた。だが、事実ではない。家電で使用されているトロンや筑波大学の現役学生が開発したソフトイーサは、日本人のソフトウエア開発能力が極めて高いことを実証した。元々、日本製アニメが世界で高く評価されていることからも分かるように、日本人がソフトウエアに弱いというのは迷信に過ぎない。将来、ソフトウエア産業の分野で、日本企業は高い利益率を確保できるようになるだろう。

 来年から世界各国は本格的に二酸化炭素排出量削減に取り組まなくてはならない。アメリカは依然として京都議定書の批准を拒否しているが、いずれ世界最大の排出国として、削減に取り組まざるを得なくなる。
 環境技術では日本は世界のトップレベルにあるとみてよい。だから、益々重要になる環境分野で日本は先端を行くことができる。いずれ、アメリカや中国は日本の技術を必要とするようになるだろう。しかも、環境技術は単に経済的な貢献だけではなく、国民生活への貢献が極めて大きい。

 やたら危機感を煽るマスコミの影響もあってか、悲観論が日本人に浸透している。かつては圧倒的多数を誇った護憲派は小数になり、過半数の国民が憲法改正に賛同するようになった。北朝鮮への経済制裁支持は7割にも昇っている。首相の靖国参拝を支持する人が反対する人を上回り、中国に対する反感も強まっている。これは、すべて過剰な危機感や悲観論の現われだろう。
 だが、みてきたとおり悲観する必要はないのだ。

 来年はアインシュタイン奇跡の年と呼ばれる1905年から百年を迎える。科学技術は多くの惨劇をもたらしたが、総じて言えば人類にプラスに働いた。日本だけはなく世界全体を見回しても、課題は山積だが絶望する理由はみあたらない。その歩みは鈍いかもしれないが、人類は着実に前へ進んでいる。行き着く先が断崖絶壁という可能性もないわけではないが、自暴自棄の愚かな行動に走ることさえなければ、未来は明るいと信じることができる。健全な懐疑精神は人間社会の発展と改善に不可欠だが、悲観論は人間を萎縮させ不必要に暴力的な行動に駆り立てるだけで無益だ。

 「悲観論者は戦争を欲し、楽観論者は事業を欲する」という言葉がある。私たちが望むのは事業だ。熟慮と寛容の精神があれば、多くの社会的課題は解決することができる。新年を迎えるにあたり、このことを忘れないようにしたい。

(H16/12/30記)


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