☆ 21世紀の象徴 ☆

井出薫

 アインシュタイン奇跡の年1905年から来年で100年になる。国連は2005年を「世界物理年」と宣言、世界各地で催し物が開催される。

 1905年、アインシュタインは、光量子仮説、ブラウン運動、特殊相対性理論と画期的な論文を矢継ぎ早に発表して物理学に大革命を引き起こした。その影響は物理学に留まらず、すべての学問分野や思想界、のみならず芸術までに及んだ。20世紀最大の哲学書と呼ばれるハイデガーの「存在と時間」にも相対論の影響を容易に見て取ることができる。1999年にタイム誌は20世紀の顔としてアインシュタインを選んだが妥当な人選と言えよう。

 アインシュタインは20世紀に大革命を引き起こしたのだが、その影響はどちらかと言うと知的な領域に留まる。彼の最大の業績は、1916年に完成した一般相対論を含む相対性理論だが、その実用的な価値は大きくない。現代文明を支えるのは、マックスウェルの電磁方程式を核とした電磁気理論、アインシュタインも一役買った熱統計物理学と量子論、遺伝子理論、医学、コンピュータサイエンスなどであり、相対論の貢献はごく限られたものでしかない。

 だから、アインシュタインは現代文明に直接寄与した人物と言うより、シンボリックな存在だと言える。

 だが、いつの時代にも、時代を象徴する人物がいる。20世紀を代表する人物がヒットラーやスターリンではなく、知性と進歩を象徴するアインシュタインだと言えることは、20世紀が数多の悲劇を生み出したとは言え、そう悪い世紀ではなかったことを意味している。20世紀は総括すれば、政治分野の改革と科学技術の進歩で、産業と生活が大幅に改善された世紀としてみることが出来る。

 21世紀に入って4年が経つが、21世紀を代表すると将来言われうる人物はまだ現れていない。だが、それが登場するのは遠くない予感がする。ただ、専門分化が進む中、それは個人ではなく集団である可能性が強い。いずれにしろ、それがヒットラーのような人物ではなくアインシュタインのような人物であることを願わずにはいられない。

(H16/9/13記)


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