☆ ストをしている場合か ☆

井出薫

 ファンや選手の意見に耳を貸そうとしない球団首脳や、自分でプロ野球を作り育てたわけでもないのに「たかが選手が」と言い放つ渡辺前オーナーには筆者も腹が立つ。だが、世論の風向きが少しばかり自分たちに有利だからと言って、ストを決行しようとする選手会にも賛成できない。

 プロ野球球団も企業である以上、合併、解散、参入などは経営権に属することだろう。選手が反対するから合併できないでは経営が成り立たない。労働組合が反対するから合併も事業譲渡もできないなどと言う企業は、景気が悪くなったらすぐに立ち行かなくなるだろう。(どこぞに、そういう企業があったようだが。)

 いや、プロ野球選手は企業の従業員とは違う、球団と選手の関係は雇用契約ではない、と言う人がいる。そのとおりだろう。だからと言って、選手が経営に口を挟む権利が生まれるわけではない。それに、従業員ではないなら、「労組・プロ野球選手会」などという紛らわしい言葉は使わないでもらいたい。経営に決定的な影響力を持つならば、もはや労働者ではない。いや、そのべらぼうな年棒からして、すでに労働者などではない。

 選手会の要求は、合併で余剰になる選手の再雇用先の確保と、大リーグや韓国・台湾など他国のプロリーグへの移籍の規制撤廃に留め、リーグ編成や球団数は経営側の判断に任せるべきだと思う。もちろん、意見を言うのは自由であるが、合併を強行したらストだと主張するのはいかがなものか。最近どうも敬愛する古田選手の顔が渡辺氏に似てきたので心配だ。

 プロ野球選手の待遇が恵まれていないのならば、筆者も選手会の行動を支持する。だが、今の日本のプロ野球選手ほど恵まれた環境にあるプロスポーツ選手は世界中どこにもいないのではないか。

 国内の他のプロスポーツ、サッカー、相撲、ゴルフなどと較べても、野球選手の収入は異常に高い。プロスポーツの選手は寿命が短いから高い収入を得なくては割が合わないとよく言われる。確かにそうだが、サッカーや相撲に較べれば、健康管理に注意さえすれば、(ゴルフほどではないが)野球選手の寿命はずっと長い。20年近く現役で遣れるのだ。

 私の記憶が正しければ、長嶋茂雄が現役時代、年棒が1億円を超えることはなかった。(長嶋引退後、王が初めて1億円を超えた。)長嶋の現役時代と今を較べると日本のGDPは約2.5倍程度になっている。単純な換算は出来ないが、長嶋の年棒は今の経済水準で言えば2億数千万円というところだろう。実力はともかく、イチローや松井(秀)ですら決して超えることができない戦後最大のスーパースター長嶋でさえ、その程度の年棒で遣っていたのだ。巨人の4番軍団の年棒はその倍以上ではないか。幾らなんでも高すぎる。

 アテネオリンピックのワーストプレイヤーは間違いなく日本の野球チームとアメリカの男子バスケットチームだ。どちらも億単位の年棒を得ている選手がごろごろしていながら、決勝にすら進めなかった。これが、ノンプロ・大学・高校のアマチュア選手から選抜したチームが銅メダルを獲得したのなら惜しみない拍手を送る。だが、アメリカと韓国が出場していない大会で、アマチュアのオーストラリアに2連敗して準決勝敗退では、「プロ」の名が泣く。厳しいプレッシャーの中、最高のプレイをするからこそプロなのだ。それにプレッシャーなら、柔道の谷や野村の方が遥かに強かったはずだが、二人ともしっかりと金を取った。谷亮子は怪我を押しての出場だった。身体に掛かる負担を軽減するためにリスクを犯してでも積極的に仕掛けて勝ち進んだ。谷の知略と根性を持ったプロ野球選手が一人でもいるのか。

 本当は、オリンピック代表チームには「日本に帰ってくるな」の罵声が飛んでも不思議ではなかった。なのに、「重圧の中、立派な銅です。」などという甘っちょろい言葉で、高校野球選手のように慰められていた。

 日本のプロ野球選手に、実力と人気に不相応な年棒と待遇を与え、スポイルしてきた責任は球団経営側にある。とは言え、選手にも甘えがあった。まあまあの成績をあげていれば年棒は上がる。FA権行使をちらつかせれば球団は自分の言い分を飲む、こんな能天気な考えに安住していたのではないか。

 サッカー選手は、レギュラーで使ってもらえないと、すぐに他チームへの移籍を要求する。(そして、たいがい実現する)だが、野球選手は使ってもらえなくても自分のチームに固執する。終身雇用制にどっぷり浸かったサラリーマンのように。特に巨人選手がそうだ。Mなど入団当時は、何年に一人の逸材と言われながら、巨人に固執して万年1軍半だ。挑戦する気概が全く見られない。東大合格に満足してその後全く勉強しなかったというのと同じだ。

 今回の騒動がどのように収まるのか分からないが、一つ言えることは、球団経営者はもちろんのこと、選手側も自分たちの甘さを反省しなくてはならないということだ。

(H16/9/6記)


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