井出薫
一昔前までは精神科の敷居はものすごく高かった。患者が受診しやすいように「心療内科」という看板を掲げている精神科も少なくなかった。体調不良を訴え、ありとあらゆる検査をしたが異常が見当たらず、一般内科医から精神科を紹介されても「自分は精神を病んでなどいない。」と言い張って、精神科の診察を拒む患者も多かった。 最近は、鬱病、恐怖障害、不安障害などがありふれた病気であることが認知され、精神科に通いやすくなった。このこと自体は大変良いことなのだが、新たな問題が生じている。 以前は、内科で考えられうるあらゆる検査を行ったあとで精神科に行ったものだった。だから、精神科医は、身体疾患は存在しないという前提のもとに患者の診察・治療に当たることができた。精神科医はほとんど身体の診察をしないが、それでも問題はなかった。 ところが、いまは違う。いきなり精神科に行く人が増えている。企業の定期健康診断程度の検査だけで、鬱病や恐怖障害と推測して精神科を紹介する一般内科医も少なくない。 だが、精神症状を示す病気は無数にある。低血圧症、甲状腺機能障害、脳腫瘍、パーキンソン病、これらの病気ではしばしば精神疾患的な症状が生じる。そのため、身体症状が明確ではない場合、精神疾患と誤診される危険性がある。本格的な調査がなされていないので定かでないが、誤診が非常に多いという話しも少なくない。 抗鬱薬や抗不安薬は、身体疾患が原因で精神症状を呈している場合でも、一定の効果があることもある。だから、身体疾患が見過ごされると、抜本的な治療がなされないままに、だらだらと服薬し続ける危険性がある。 精神科に行く前に内科で徹底的に検診してもらうことが大切だ。一旦精神疾患という診断がなされても、治療効果が上がらないときには検査をしなおしたほうがよい。 |