☆ 鎮魂歌、虚ろなり ☆


森有人


殺しあったものたち許せよ/殺し合わされたものたち許せよ/
殺し合うものを持たざるを得なかった、生き残ったものたち許せよ/
初めて血の中から/あれだけの血を流して/
ただそれだけで、この静けさが生まれたかのようであった・・(中野重治『軍楽』より)


 有事関連法案の今国会中の成立が確実となった。これで政治も無風状態のままに、戦争を前提とした法体系の整備に向かう。新聞報道によれば、この法案に対する世論の支持率は6割超という。自分を含めて戦争経験を持たない世代が、漠然と"丸腰国家"の日本の将来と、冷戦後の世界に不安を感じているのかもしれない。

 それならば、なおさら、信頼醸成と予防外交という日本外交の指針を明確にすべきところだが、政府の外交戦略は有事立法以上に、霞の中の状態にある。新聞各紙の説明も同様に、「伝える」機能が停止した状態だ。衆院通過後にA紙など有力紙が紙幅を割いて、有事関連法案の解説・説明を掲載し、批判的な見解を示してはいるが、それ以前はもっぱら、法案を巡る政局報道に重きが置かれた。これで、読者に法案の可否を問うこと自体、無理な話だろう。

 居住空間を有事に収用されても一切の保障もなく、反対すれば30万円の罰金、半年以下の懲役刑。こんな基本的な内容ですら、読み飛ばしてしまうほどの、紙面のわずかなスペースで紹介されている程度だ。この法案から隠された「戦争の真実」を想像すれば、多くが戦争回避の手段としての日本外交に奮起を期待するのではないか。

 冒頭に引用した中野重治氏は復員後、日比谷公園から流れる進駐軍の軍楽演奏を、殺戮の悲惨さを経験せざるを得なかった人々への鎮魂歌として、心に刻んだ。そして彼は呟く。「二度とないであろう・・」。戦争への「視点」は、60年の歳月を隔て遠い彼方のものになったのかもしれない。

(H15/5/19記)


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