〜利用者の信頼を裏切った専門家集団の責任とは〜 里見 哲
韓国の地下鉄火災事故に関して多数の関係者が逮捕されている。事実を追求し、責任者を処罰するという韓国当局の取組みは、真剣である。直接原因となった放火犯人より、地下鉄公社の体質が問題となっているようである。 確かにパニックに陥り、乗客の安全を確認せずにマスターキイを抜いて脱出した対抗車両の運転手、モニターをしながら事故そのものを見落とした監視員、警報が鳴りながら、何の対応もしなかった担当者など当然責任を問われなければなるまい。 しかし、これほど大量の逮捕者が出るということは、組織そのものが機能しなかったということであろう。火災を見落とし、車両が現場に突入し、組織だった避難誘導も行わなかった。これは個人の資質や能力の問題もあるのだろうが、組織全体が腐敗していたためではないか。少なくともマニュアルの不備か、マニュアル遵守の励行がなされていなかったものと思われる。 昨年の12月には、90回警報機の誤作動があったと報道されている。誤作動のまま放置した責任者は誰なのか。そのような状態にあって、警報に対してどのような対応をとることが期待されていたのか。さらには、そのような状況におかれている担当者は、警報設備回収を強く働きかけなかったのだろうか。数々の疑問が浮かんでくるが、それだとしたら、各部門の責任者は、一体何をしていたのだろうか。言ってみれば誰が社長でも同じである。 意地の悪い見方をすれば、今回逮捕された担当者たちは、ある意味で犠牲者なのかもしれない。担当がほかの誰であっても同じ結果が生じたのかもしれない。かれらは、たまたま事件発生時に勤務していただけだったということなのかもしれない。もちろん、怠惰な組織の中で、自ら安住していたという批判は、免れようがない。乗客に対しては、いかなる言い訳も無効である。 組織目的の最重要点として安全管理を掲げ、人事評価もその目的にあった内容の組織であれば、このような大惨事には至らなかったはずだ。今後、組織の実態や、各部門の責任者の実態を明らかにしなければ、いくら担当者を逮捕しても真の問題解決には至らないであろう。組織と個人責任という点で、厳罰に処されるべきは、組織の上層部である。 地下という特殊な場所で、自らの安全を専門家に委ねるしかない地下鉄の乗客にとって、その運営にあたっていた組織の堕落により尊い命を失うことの無念さは察してもあまりある。心からご冥福をお祈りしたい。 |