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もう騙されない―空洞化する改革論議
もう騙されない・・・。高齢化時代の到来で、消費税率の引き上げと社会保障制度の見直しが不可避であることは誰もが認める。にもかかわらず、制度のあり方を含め、増税以外に、何を成すべきかという議論が、ぽっかりと空洞化している。
今次国会に冒頭提出された2003年度当初予算案の一般会計総額は81.2兆円。それに対して、税収は46.8兆円しか見込めず、国債依存度は過去最大の42.1%(当初ベース)に上昇した。経済財政諮問会議や財務省が試算した中期展望によると、税収の基本になる名目経済成長率は向こう数年、デフレ圧力によってマイナスで推移する。
65歳以上の高齢者人口比率が2000年の17.3%から2025年には28.7%に上昇し、来年度18.3兆円の社会保障費は今後、自然増だけでも雪だるま式に膨らんでいく。2004年度に実施する基礎年金の国庫負担率の2分の1への引き上げ(現行3分の1)だけでも、初年度負担は2.4兆円、翌年度以降も増加していく。
いずれ増税が避けられないなら、社会保障はじめ国と地方の税財政の分担、すべてを見直し、将来を安心して託すことができる改革を断行して欲しい、というのが多くの本音だろう。しかし、政治の世界では、『狐と狸の化かし合い』を繰り返すばかり。議論の根拠として利用される数字も一人歩きし、危機を煽るだけ。
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「国民負担率」の数字の本質
例えば、財務省もインターネット上で公開している「国民負担率」の各国比較(表参照)もそうだ。「税負担」と「社会保障負担」、それに将来の国民負担になる「財政赤字」の3つを合算した「国民負担」の国民所得比率では、98年度に小渕内閣が「政策総動員体制」で実施した定率減税を含む大規模減税の影響もあって、日本は38.3%。アメリカの35.9%に及ばないものの、イギリス50%、ドイツ56.7%、フランス75.4%、スウェーデン75.5%と比べても著しく低水準だ。
だから、増税すべき、という数字の根拠でもある。国と地方の長期債務残高が700兆円に達し、空腹の余りに自分の足を食い尽くし、自分の子ども、さらに孫の足まで食い尽くす―。日本の財政の現状は、"蛸の食欲"以下の規律も持ち合わせていない。将来の増税が不可避であり、所得税の課税最低限が、かつての社会主義国並の水準に切り下がり、借金体質の割に税負担が少ないことは認める。だが、国民負担の国家間比較はいささか乱暴すぎる。まさに政府、与野党、経済団体の「空洞化した社会のあり方論議」と一脈通じる。
伝統的に「小さな政府」を志向してきた米国は別にしても、欧州大陸系諸国と比較する当局の含意をまず疑ってかかる必要がある。医療保険、年金、さらに大学を含めた教育費全般を税金で負担する国家と、日本の低水準の社会福祉とは所詮、別次元の話だ。実際の生活の場では、行政サービスに対する税負担を含めて、生活に必要な経費として、費用のすべてを、国民が負担している。こうした基礎的な事実を無視したがこの数字である。数字の根拠と本質を曖昧にしたままに情報提供する側と、この国の報道機関の姿勢は無責任さの一語に尽きるだろう(ただし、報道する側も事の意味を理解し報道しているのだから確信犯だろう)。
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増税だけで終わりなら「残余主義」
つまり、「改革」待ったなしの日本が、アメリカ型か?欧州諸国が探求する「第三の道」を日本流の独自の手法で追求するのか? 結論が出ないまま、為政者の『朝三暮四』的な発想によって消費税率を変更したとしても、この国から将来の不安は払拭されない(もっとも、この構図を十分に把握しながら、単調な図式の危機を煽ってナンボというのが商業マスコミの世界もある)。
日本経団連の政策提言によれば、2004年度から毎年1%ずつ消費税率税率を引き上げ、2014年度に16%にするという。将来の法人課税負担の増大を回避しようとする意図も少なからず感じるが、減税を中心にした世界に依然、固執する労働団体に比べ、まだしも、まともな発想だ。
世界的に低水準といわれる日本の社会福祉システムは、米国を『積極的事例』とする「自由主義―残余主義モデル」と、欧州大陸系の「保守―コーポラティズム」モデルの双方を組み合わせた合成型と定義される。日本型システムの根幹に、企業中心の福祉政策と家族福祉の存在があった。大企業による職域福祉に対し、国は各種控除制度などの税制上の支援を行い、その対象外の中小零細企業・農林魚業者には手厚い保護政策を講じる。とくに土木業者には公共事業をばら撒き。それぞれの階層で、経済厚生の向上と安定のために、二重三重の国家支援の構造が機能してきた。
だが、大企業は国際競争で劣勢に立ち、企業年金基金の解散が続出する。一方、中小零細企業、農業、土木業界といった非効率産業にバラマキ型保護政策を続ける財政上の余裕もなく、幅を効かす市場原理主義の揺さぶりに直面する。こうした破綻寸前の従来の構造に手をつけずに、増税のみ実施すれば、後は寒々とした老後の世界が残るだけだ。
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延びきった糸で、動かぬ「人形」
年内の衆院解散・総選挙が取りざたされる中、消費税引き上げの議論を盛り上げて首相の解散権を縛ろうとする改革反対勢力があれば、消費税を公共事業などの財源に充てたいという政治的な思惑も一部にあるという。この状況で国民が安心しろ、といって誰が耳を貸す?英国の政治経済学者、スーザン・ストレンジは「国家に操られるピノキオ人形」に国民を喩えた。人形使いがピノキオを導く糸が、国に対する義務と忠誠であるなら、伸び切った糸でも人形が動くと人形師が発想すること自体、無理な話だろう。
とはいえ、豊かさに浸りつつ「失われた10年」を経過した「ピノキオ」だが、それでも学習効果が働いて「糸の束縛」から自ら離れて「人」に進化した形跡も、進化しようとする意欲も伺えない。筆者の鈍感さもあるが、それだけでもあるまい。
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国民負担率の各国比較
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日本 |
米国 |
英国 |
ドイツ |
フランス |
スゥーデン |
財政負担国民所得比 |
8.5 |
1.1 |
− |
1.9 |
2.2 |
− |
社会保障負担 |
15.5 |
9.8 |
10.0 |
25.7 |
25.5 |
19.7 |
税負担 |
22.9 |
26.2 |
40.0 |
31.0 |
40.6 |
55.8 |
合計 |
38.3 |
35.9 |
50 |
56.7 |
75.4 |
75.5 |
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出典 財務省 単位%
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参考データ・資料
http://www5.cao.go.jp/shimon/#chousakai
G.エスピン.アンデルセン著,岡沢憲芙・宮本太郎監訳『福祉資本主義の3つの世界』ミネルバ書房,2002年(第2版)
田中一穂編『図説日本の税制』2002年
スーザン・ストレンジ著、桜井公人訳『国家の退場』岩波書店、1998年