☆ 対案は不可欠ではない ☆


 政府や与党の方針に反対すると、すぐに「ならば対案を示せ」と反論される。北朝鮮の核兵器開発、ロシアのウクライナ侵攻、中国の海洋進出など日本の安全保障環境はかつてないほど厳しい状況にあると言われ、防衛力増強は自明の理の如く語られ、反対するとすぐに「対案を示せ、外交努力で平和を実現するなどというお題目は話にならない」と批判される。現役世代の社会保険料負担を軽減するために医療費の削減が進められている。これも批判するとやはり現実的な対案を示せと言われる。しかし、対案がなければ政府や与党、それを支持する人々の主張に反対したり批判したりすることは許されないのだろうか。

 政党は野党であろうと政権の奪取を目指す以上、現実的な政策を打ち出すことが望ましい。しかし、野党の重要な役割は政府と与党の暴走を阻止することだ。そのためには対案が用意されていなくても反対することが必要となることはある。それを駄目だと言ったら野党の役割を果たせず国民のためにもならない。

 日本の安全保障環境は過去にない危機的な状況だという現状認識には疑問がある。東西冷戦が激化した50年代から80年代前半までと比較して現在の方がより危機的だとは言えない。確かに当時は今より中国と北朝鮮の脅威は小さかった。だが当時のソ連は今のロシア、中国、北朝鮮を合わせた以上の脅威だった。たとえ安全保障が危機的状況だとしても防衛力増強に反対する権利はあるし、その主張に根拠がない訳ではない。防衛力増強は状況によっては対立を激化させ却って日本の安全を脅かす可能性がある。防衛力増強には予算措置が必要で、社会保障が削られる恐れもある。医療費削減の問題も同じで、現役世代の負担を減らすことが必要だからと言って安易に医療費を減らすと今ですら経営不振の病院をさらに苦境に追いやり地域医療の崩壊を招く恐れがある。英国の保守党政権が崩壊した理由の一つが医療崩壊だった。日本でも同じことが起きかねない。ここでも対案が無かろうと野党は安易な削減案には反対する必要がある。

 「反対するなら対案を示せ」という言説は政府や与党が自分たちへの批判を封じ込める狙いが隠されている。そして、それが政党だけではなく言論や報道関係者さらには一般市民に対しても適用されようとしている。現実的で具体的な対案が示せれば、その方が望ましい。だが、多くの課題に対して何が最適か分からない。だからこそ、権力を握る者に対する批判は欠かせない。「反対するなら現実的な対案を出せ」という言説は一見尤もらしいが、極めて危険な面がある。環境問題に関する斎藤幸平の脱成長コミュニズムは少なくとも現時点では非現実で、現実的な対案にはならない。しかし、その主張は現代の成長至上主義的な社会への警告として意義がある。現実的な対案がないからと言って、支配層や支配的な思想に対する批判が封じられるようなことがあってはならない。


(2026/8/10記)


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