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新年早々、米国のベネズエラへの軍事攻撃という物騒なニュースが舞い込んできた。マドゥロ大統領とその妻が米軍に拘束されている。攻撃の名目はベネズエラの麻薬密売組織が米国民の生命を脅かしているというものだが、説得力に欠け国際法違反は明白だ。 この事件を目にしてアーサー・C・クラークのSF小説『幼年期の終わり』を思い出した。米ソ冷戦の真っただ中の1952年に書かれた本作はSF小説史に燦然と輝く傑作と高く評価されている。本作ではオーバーロードという異星人が地球に到来し地球を管理すると宣言する。反発する一部の国が異星人の宇宙船を攻撃するが全く効果がない。しかしオーバーロードは人類を奴隷化し搾取する訳ではない。宇宙開発を禁止するだけで自由を保証し最新の科学技術を惜しげもなく人類に与える。結果、人類は戦争を放棄し平和で豊かな黄金期を迎える。しかし、やがて人類は宇宙の統制者であるオーバーマインドと一体化する超能力を持つ新人類を生み出し地球と共に消滅する。最後、オーバーロードは、オーバーマインドと一体化する新人類が無事誕生するために人類が自滅しないように見守るのが役目だったと明かされる。 本作では人類は自力で平和で豊かな世界を築くことができず、より優れた知性を持つ異星人に管理されることで初めてそれが実現できるとされている。クラーク自身がそう考えていたがどうかは定かではない。しかし、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻、今回の米国のベネズエラ攻撃、世界各地で絶えることのない戦争やテロなどを考えると、クラークの小説の世界が全くの非現実な想定とは言えないように思えてくる。核兵器廃絶を訴える者に対して、「核兵器があるから第三次世界大戦を防ぐことができた。核兵器が存在しなかったならば第三次世界大戦で世界はより悲惨な状況に陥っていただろう」とニヒリストたちは冷笑する。このような考えに筆者は心から不同意だが、一理あることを認めない訳には行かない。人類は自力では平和な世界を築くことはできず、強大な破壊兵器を保持することで互いを牽制しそれにより辛うじて平和を維持しているだけなのではないだろうか。そのような考えが頭を過る。 認知心理学者のピンカーのような啓蒙主義者ならば、このような悲観主義を一蹴するだろう。「百年前と今を比べてみよ。民主、人権、平和思想は明らかに拡大し普及している」と。私たちは往々にして目先の出来事を過大視し不必要に悲観することがある。しかし人類の歴史を総体的に見れば、平和で豊かな世界に向かって前進してきたことは間違いない。短期的、局所的には後退することがあっても、前進が続くと期待してよいだろう。一方で過度に楽観することも禁物だ。世界には人類を自滅させるに足る十分な核兵器がある。温暖化など解決が容易ではない深刻な環境問題もある。また、汎用AIがオーバーロードに取って代わり人類を管理し、それにより初めて平和で豊かな世界ができるなどということも考えられうる。 今だ人類は幼年期にある。しかし20世紀以降の科学技術の進歩と産業の拡大で幼年期は終わろうとしている。その先にある者が何か、それは分からない。だが、短慮に走らず、よく考え、適切な道を選ぶことが何より肝要であることだけは間違いない。 了
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