☆ 知らないことを知る ☆


 掃除機が壊れたので二駅乗り継いで量販店に買いに出かけた。掃除機を購入し配送を依頼、ついでに冷蔵庫コーナーに足をのばした。両親に連れられた小学校低学年と思しき可愛い男の子が母親に尋ねていた。「ママ、冷蔵庫はなぜ冷えるの」、母「パパに聞いて」、父「う〜ん、あとで調べて教えてあげる」、母「貴方、技術屋でしょ」、父「僕は情報処理が専門なんだよ」。母親も父親も答えを知らない。そのとき、男の子と目があった。「おじいちゃんは分かる」と聞かれるとやばいと怯え慌てて立ち去る。要するに私も分からない。一応、これでも理工系の大学院卒なのだが。自宅に帰り調べて、ある程度のことはわかった。冷媒(かつてはフロンだったが、オゾン層を破壊するために、現在は代替フロンが使われている)の気体が圧縮機で圧縮され高温高圧の液体になる。それが外界と接触することで常温高圧の液体になる。それが配管を通る間に気化し気化熱を奪うことで冷蔵庫内が冷える。気化した冷媒は再び圧縮機で圧縮される。このサイクルの繰り返しで庫内が冷やされる。だいたいこういう仕組みだ。

 あのとき、子どもに尋ねられ、これだけ答えられたらきっと尊敬されたに違いないと思うと残念だ。しかし、明日出かけてまた会って聞かれたらもう覚えておらず、母親と同じように「パパに聞いてごらん」になるだろう。理解したつもりでも理解が浅く長続きしない。

 私たちは江戸時代の人よりずっと多くの知識を持っていると信じている。しかし実はそうではない。江戸時代の人は身の回りの多くのものの構造と仕組みを理解し自分で作ったり修理したりできた。だが現代人は何も知らず壊れたら自分では何もできない。冷蔵庫だけではなく、テレビ、自動車、パソコン、スマホ、飛行機、電車、当たり前に使っているほとんどのものの構造も仕組みも理解していない。私は通信事業関係の会社に勤めていたが、5G携帯はなぜ4Gより10倍以上の通信速度がでるのかと尋ねられたら、ろくな答えができない。自分は局内のルータやサーバの専門家だったからと言い訳するのが関の山だ。私だけではない。現役社員でも自分は事務屋だ、技術屋に聞けと開き直る者がいる。技術屋でも私と同じような言い訳をする者がいる(多数派かもしれない)。

 現代は科学と技術の時代と言われ、現代人の科学技術への信頼感は非常に高い。だが、誰も科学のことをよく知らない。専門家でも専門以外のことは素人同然だ。コロナ禍の頃、テレビにはウィルスや感染症の専門家が多数出演していたが、彼と彼女たちに5G携帯の構造と仕組みを教えてくださいと言っても、おそらく全員、自分の専門外なので答えられないと回答する。冷蔵庫の仕組みも答えられない者が多いだろう。

 子どもの頃、知らない人についていってはいけないと親や教師から諭された。ならば、なぜ、知らない科学を信じてはいけない、と言わないのだろう。おそらく、それは、科学技術の産物がたいていは上手く動いているという事実があるからだ。飛行機事故が起きることはあるがごくまれで、ほとんどの場合、目的地に無事到着する。スマホは突然充電できなくなったりするが、たいていは問題なく動いている。要するにたいていうまくいくから信じているに過ぎない。現代人は大して賢くない。

 別に科学技術を信じてはいけないなどと言うつもりはない。ただ、科学技術の産物に囲まれている現代人は、知らない大人に囲まれている幼気な子どもと大差ないことは覚えておいた方がよい。怪しい大人がいるように怪しい科学や技術もある。


(2025/7/22記)


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