☆ 科学への信頼と危うさ ☆


 現代では、「科学」、「科学的」という言葉は真実、合理性などを暗黙裡に含意する。逆に「非科学的」、「似非科学」などは非合理と同義とされ相手を批判するときに使われる。「ワクチンは有害、コロナウィルスは怖くないがワクチンは怖い」、「地球温暖化説は環境ビジネスで利益を上げている者たちのでっち上げ」などという言説は非科学的と批判される。

 斯様に科学は信頼されており、現代人の思考と行動を支配している。しかし科学への信頼の背景にあるものをほとんどの者が意識していない。mRNAを使ったコロナワクチンの有効性を多くの者が信じている。ワクチンを接種していない者も副反応を心配している場合がほとんどで、ワクチンが有害だとか、効果がないなどと信じている訳ではない。しかし、mRNAワクチンがどのように免疫系を強化するのか、その機序を知る者は少ない。mRNAが何なのかすら知らない者が多い。おそらくmRNAとそれを使ったワクチンの機序を一番よく理解しているのは、研究者や理科教師などを除くと、真面目に勉強している高校生だろう。大人たちの大半はワクチンもmRNAも理解しておらず、ただテレビや新聞やネットに出てくる専門家の言葉を鵜呑みにしているに過ぎない。mRNAワクチンが有効ならば、デング熱など有効なワクチンが存在しない感染症に対してなぜmRNAワクチンを作らないのかという質問にはほとんど誰も答えられない(筆者も答えられない)。地球温暖化の機序や根拠をきちんと説明できる者もほとんどいない。二酸化炭素が増えると温暖化する理由を詳しく説明せよという問題を出されて合格点を取れる大人は百人に一人もいないだろう。近年話題をさらっている生成AIの原理も詳細を知る者はごく少ない。

 人々は科学を知らないのに信頼している。科学への信頼の根底には非科学的な態度、権威への妄信が存在する。それゆえ、反ワクチン論者や反地球温暖化論者を非合理だと非難する者も、「非難するだけではなく誤りを正確に指摘せよ」と言われるとできる者はほとんどいない。だから、誰もがネットや書籍で目にしたことに触発され、反ワクチン論者や反地球温暖化論者に変貌しても不思議ではない。

 このことは決して科学を否定するものではない。科学には、陰謀論や非科学的な独断論とは異なり、その正しさを支持する合理的な論拠とそれを支える膨大な量の実験観測や調査結果のデータがある。また、科学に基づき開発された技術は社会経済活動に大きな貢献をしている。そのことが人々の科学への信頼を醸成している。科学への信頼が合理的な根拠に基づくものではないとしても、そのことは科学を否定するものではない。だが、このことは同時に現代社会の危うさも示唆している。専門家でも間違うことはあるし、私利私欲に駆られ嘘を吐くこともある。データが捏造された論文が著名な科学誌に掲載されることもある。その結果、世論や政治が間違った道に向かうこともある。私たちは科学を信頼しつつも、健全な懐疑精神を失わないよう努める必要がある。そして、その姿勢が陰謀論に惑わされることも防ぐ。


(2025/7/3記)


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